SNS上で、ある企業の決算書をめぐる議論が盛り上がるのをよく目にします。最近も、急成長中の中古車販売会社「バディカ」と、その代表である中野氏をめぐる話題の中で、同社の「第7期決算公告(令和7年3月31日現在)」の画像を引っ張り出し、「この財務状態は問題だ」「危ないのではないか」と騒ぎ立てる人たちが現れました。
しかし、その批判は本当に的を射ているのでしょうか?
公平を期すために最初にお伝えしておくと、解説の語り手はかつてバディカの子会社(バディカダイレクト)に出資して取締役を務め、中野氏のアドバイザーとして顧問契約を結んでいた時期もあります。ただ、その子会社がバディカの100%子会社になるタイミングで株式を円満に買い取ってもらっており、現在は一切の契約関係も利害関係もないフラットな立場です。
今回は、この話題の決算公告を生きた教材として、企業の健康状態を示す「BS(貸借対照表)」の本当の読み方を紐解いていきましょう。
1. 左右の数字がピタリと一致するのは「粉飾」なのか?
まず、決算書の基本である「BS(バランスシート=貸借対照表)」の仕組みから見ていきましょう。バランスシートとは、その名の通り「左右が天秤のようにバランスする表」のことです。
バディカの決算公告を見ると、左側の「資産の部」の合計は約31億円(31億6,021万1千円)となっています。そして、右側の「負債及び純資産の部」の合計も、1円の狂いもなくピタリと一致しています。
時々、X(旧Twitter)などで会計の知識がない人が、こうした決算書を見て「こんな複雑な数字が偶然ぴったり一致するはずがない!絶対に粉飾決算をやっているに違いない!」と大真面目に書き込んでいるのを見かけます。
少し会計をかじったことがある人なら、思わず吹き出してしまう話ですよね。
これは「3+2=5」になるのと同じくらい当たり前のことで、そもそも左右の合計が必ず一致するように設計されているのがBSという表なのです。
向かって右側(負債・純資産):会社がどうやってお金を集めてきたかを示す「資金調達サイド」です。
向かって左側(資産):集めてきたお金を今どんな形に変えて持っているかを示す「資金運用サイド」です。
集めたお金と、その使い道の合計が一致するのは当然のことです。まずはこの「天秤の左右」のイメージを頭に浮かべてみてください。
2. レタスと新幹線と中古車——「流動資産」と「固定資産」の境界線
では、左側の「資産(約31億円)」の中身を詳しく見てみましょう。ここには大きく分けて「流動資産(約21億円)」と「固定資産(約10億円)」の2つが並んでいます。
この2つの違いは何でしょうか?
専門用語で「流動資産」とは、基本的に「1年以内に売れるもの、または現金に変わりそうなもの」を指します。たとえば八百屋さんなら店頭に並ぶ大根やレタス、バディカのような中古車販売店なら「仕入れた車の在庫」や手元の「現金」がこれにあたります。
一方、すぐには現金化せず、事業を続けるために長く使い続けるものが「固定資産」です。バディカで言えば、高松本社や各店舗の建物(上物)や、ガレージで車を点検するためのジャッキや工具などが該当するでしょう。もっと極端な例を挙げれば、JR東海のような鉄道会社が持っている「新幹線の車両」「線路」「駅の建物」などは、典型的な固定資産です。
面白いのは、同じ「不動産」であっても目的によって分類が変わる点です。マンションデベロッパーが「3年後に建物を建てて売る」ために仕込んだ土地は固定資産になりますが、「1年以内に売却する予定の不動産」であれば流動資産になるのです。
バディカの場合、全資産31億円のうち約7割(21億円)が流動資産です。鉄道会社などと比べれば、固定的な設備負担がそこまで重くないビジネスモデルだとわかります。
ただし、流動資産を見る時にはひとつ注意点があります。それは「その在庫は本当に1年以内に売れて現金になるのか?」という視点です。
リーマンショックの時に多くの不動産デベロッパーが倒産した際や、昨今話題になっているニデックなどの事例でもそうですが、現場の営業部長は監査法人に向かって「安心してください!うちの営業マンが絶対に売り切りますから!」と豪語してハンコをもらおうとします。しかし、いざ蓋を開けてみると金利上昇などで全く売れず、「流動資産のはずが全然現金にならないじゃないか」という事態が現実には起こり得るのです。
3. もし明日、社長が「インドで出家する」と言い出したら?
次に、天秤の右側である「調達サイド(負債・純資産)」に目を向けてみましょう。バディカの数字は以下のようになっています。
流動負債(約21億円):1年以内に返さなければならない借金(銀行からの短期融資など)です。
固定負債(約7億5,000万円):1年を超えて長期的に返済していく借金です。
株主資本(約2億4,700万円〜約3億円):返済する必要のない、株主の持ち分(純資産)であり、そのうち今期の利益である「当期純利益」が約1億円計上されています。
ここで、少し極端な思考実験をしてみましょう。
もし今この瞬間、バディカの中野社長が突然「俺は今日からインドへ行って出家し、悟りを開く!」と言い出し、誰にも迷惑をかけない形で半年から1年かけて会社を解散・清算するとしたらどうなるでしょうか?
まず、在庫の中古車をすべて売り切り、店舗や設備もウィーカーズやビッグモーターといった同業他社に売却して、帳簿通りに31億円の現金が手元に入ったとします。そこから、1年以内の借金21億円と、長期の借金7億円(繰り上げ返済)を合わせた計28億円を銀行などにきっちりと返済します。
さて、手元にはいくら残るでしょうか?
31億円から28億円を引いて、約3億円が残りますよね。この3億円こそが「株主資本」であり、大株主である中野氏が「これで家族は暮らしていけ」と手元に残せるお金なのです。
しかも、バディカはこの年にしっかり1億円の黒字(当期純利益)を出しています。そもそもバディカは上場企業ではありません。お金を貸している銀行や、家賃滞納リスクを心配する店舗の大家さんならまだしも、株を買うわけでもお金を貸すわけでもない無関係な人たちが、よその非上場企業のBSを見て「けしからん」と騒いでいるのは、まるで近所のマンションの井戸端会議で「あそこの奥さん、最近太ったわよね」と噂話をしているのと同じくらい意味のないことなのです。
4. 「自己資本比率10%」は危険か?——台風で腐る弁当と、腐らない車
それでも批判したい人たちは、もう少しもっともらしい指標を持ち出します。それが「流動比率」や「自己資本比率」です。
まず、銀行などの金融機関が気にする「流動比率(流動資産÷流動負債)」を見てみましょう。これは、1年以内に現金化できる資産と、1年以内に返す借金のバランスです。
もしバディカが、見栄を張って巨大な店舗やガレージばかりを建てまくり、肝心の車の在庫が5億円分しかないのに、1年以内に返す借金が21億円もあったらどうでしょうか?社長なら間違いなく頭を抱える危険な状態です。
しかし実際のバディカは、流動資産21億円に対して流動負債も約21億円と、ほぼ1対1(流動比率約100%)でバランスしています。万が一、何らかのトラブルで信用状態が著しく毀損し、銀行から「期限の利益喪失(今すぐ借金を全額返せ)」と迫られたとしても、流動資産の大半は「中古車」です。車は不動産に次いで資産性が高く、店頭で売れなくても全国のオートオークションに出せば1ヶ月以内に現金化できます。最悪でも5%程度の損失で売り捌けるため、換金性は極めて高いのです。
では、もうひとつの論点である「自己資本比率」はどうでしょうか?
総資産31億円のうち、返さなくていい自分のお金(自己資本)は約3億円ですから、自己資本比率は約10%(残りの約28億円は他人資本=借金)となります。
「自己資本比率10%は低すぎて危険だ、吹けば飛ぶような経営だ」という意見は、一般論としては理解できなくもありません。
しかし、適正な自己資本比率は「どんな商品を扱っているビジネスか」によって全く異なります。
ここで、街のスーパーマーケットを想像してみてください。秋の運動会シーズンに向けて、お弁当需要を見込んだ社長が、地元の信用金庫から借金をして野菜やお肉を大量に仕入れたとします。ところが、週末に大型台風が直撃して運動会がすべて中止になったらどうなるでしょうか?
仕入れた肉や野菜は、1〜2週間もすれば腐って価値がゼロになります。借金だけが残って返済できなくなるため、生鮮食品を扱うビジネスで自己資本比率10%というのは極めて危険です。
同様に、年末商戦に向けて何十億円もかけてスマホゲームを開発しているゲーム会社や映画会社も、当たらなければ価値がゼロになるため、万が一の「クッション」として分厚い自己資本(高い自己資本比率)を持っておく必要があります(実際、任天堂などは自己資本比率が非常に高いことで知られています)。
一方で、中古車や不動産はどうでしょうか?
少し見込みが外れて1ヶ月売れ残ったとしても、車が腐ることはありませんし、リーマンショックやコロナバブルのような異常事態でもない限り、価値が激減することもありません。そのため、上場している不動産会社(たとえばリアルゲートなど)でも、自己資本比率は15%程度だったりするのです。
もしバディカが「健全経営」を目指して、店舗や在庫の規模を3分の1に縮小し、総資産10億円・自己資本3億円(自己資本比率30%)の会社にしたとしましょう。安全性は高まりますが、それは同時に「成長性を犠牲にしている」ことにもなります。ネットやSNS経由で引き合いが殺到し、「売る車(弾)さえあれば儲かる」という成長フェーズの会社が、金利3〜5%で資金を借りて在庫を仕入れ、それ以上の利益を出すのは経営として極めて合理的です。ソフトバンクグループが調達した資金をOpenAIなどに巨額投資しているのと同じで、「安全性」と「成長性」は常にトレードオフの関係にあるのです。
5. 見方を変えれば「超優良企業」?
ROE40%と「年商」という言葉の罠
数字というのは面白いもので、光の当て方を少し変えるだけで景色がガラリと変わります。
上場企業の世界で非常に重視される指標に「ROE(Return On Equity:自己資本利益率)」があります。これは「株主が出した元手(株主資本)に対して、どれだけ効率よく利益を上げたか」を示す数字です。
バディカの株主資本は約2億5,000万円、それに対して当期純利益は約1億円出ています。
これを割り算すると、ROEはなんと「約40%」に達します。
ROE40%という数字がどれほど凄まじいかご存じでしょうか?
日本の上場企業約4,000社を見渡しても、ROE40%を出している企業はわずか10社程度しかありません。
自己資本比率を10%に抑えてレバレッジ(てこの原理)を効かせているからこそ、これほど圧倒的な資本効率を実現できているのです。
また、SNSでは「バディカはあんなに売上が出ているのに、利益は1億円しかないのか」という声もありました。しかし、これもビジネスモデルの構造を知らない人の意見です。
そもそも、世の中の「社長系インフルエンサー」がよく自慢する「年商〇〇億円!」という言葉には、何の意味もありません。
たとえば、個人の資産を元手に投資会社を作り、信用取引を使って毎日10億円分の株(キオクシアなど)を売ったり買ったり(デイトレード)したとしましょう。月に20日取引すれば月商200億円、1年続ければ単純計算で「年商2,500億円」の出来上がりです。
あるいは、10億円の不動産を仕入れて10億1,000万円で転売すれば、年商は10億円ですが利益は1,000万円しかありません。
中古車販売もこれと同じで、単価が高い商品を右から左へ動かすため、どうしても売上(ガワ)の数字だけが大きくなるビジネスなのです。
だから、会社の本当の実力を知りたければ、年商ではなく「利益額」と「どれだけの元手でその利益を出したか」を見なければなりません。
もし「うちは年商〇〇億円で儲かっている」と豪語する非上場企業の社長に出会ったら、こう質問してみてください。
「ところで、納税額(法人税)はいくらですか?」
利益と一口に言っても、営業利益や経常利益、EBITDAなど見せ方はいくらでも工夫できますが、税務署に納める「税金」だけは最もごまかしが効きません。
法人税の実効税率を約30%とすれば、「納税額が3億円なら、本当の利益は10億円くらいだな」と正確に逆算できるのです(もちろん、積極的な投資フェーズで赤字の場合は法人税がゼロになることもありますが、それでも消費税や源泉所得税などは発生します)。
6. 社長たちのリアルな「節税」事情と、決算書の裏側に潜む攻防
ここで少し余談になりますが、会計の知識がない経営者が陥りがちな「節税の罠」と「決算書のリアル」についても触れておきましょう。
昔、『社長のベンツはなぜ4年落ち4ドアなのか』という本が流行ったように、利益が出そうになると慌てて中古の高級車を買って経費(減価償却費)にしようとする社長がいます。しかし、減価償却は「月割り」で計算されます。12月決算の会社が12月に慌てて車を買っても、今期の経費にできるのはたった1ヶ月分だけです。それなのに、翌年になって大型契約が飛んで売上が落ち込み、車の償却負担だけが重くのしかかって赤字に転落する……というのは、中小企業で本当によくある笑い話です。
また、中小企業には「年間800万円までの接待交際費は全額損金(経費)にできる」という特例があります。これを使って期末にクライアントを連れてキャバクラへ行き、300万円のシャンパンを開けて利益を圧縮したり、親しい社長同士で「阿吽の呼吸」で期末に発注し合い、翌期にYouTube制作費などの名目で売上をパスし合ったりするようなケースも世の中には存在します。
しかし、それが行き過ぎれば単なる決算操作として税務署に否認されますし、オルツなどの事例のような違法な「循環取引」に足を踏み入れることにもなりかねません。
結局のところ、ほとんどの節税は税金の「繰り延べ(先送り)」に過ぎません。
最大800万円まで積み立てられて損金算入でき、取引先の連鎖倒産にも備えられる「経営セーフティネット共済(中小企業倒産防止共済)」やiDeCoくらいなら活用してもいいですが、基本的には余計な節税に頭を悩ませるより、シンプルに事業を伸ばして税金を堂々と払い、手元にキャッシュを残すのが一番お金が貯まる王道なのです。
もうひとつ知っておくべきなのは、「決算書の数字は、あくまで紙の上の数字に過ぎない」という事実です。
会社法上の「大会社(資産5億円以上や負債規模など一定の基準を超える会社)」や上場企業であれば公認会計士による厳格な監査が入りますが、そうでない非上場企業のBSは、極端な話、嘘をつこうと思えばつくことができてしまいます。
たとえば、バディカの流動資産21億円の中に「高松店にアルファードが10台、相模原店に5台ある」と記されていたとします。しかし、同じアルファードでも年式やグレード(エグゼクティブラウンジなのか通常モデルなのか)によって、本当に1台500万円の価値があるのかどうかは現場で実物を確認しなければわかりません。
かつてNHKで放送された『監査法人』というドラマに、象徴的なシーンがありました。リーマンショック直後、倒産寸前の不動産デベロッパーが「マンションが完売した」と粉飾決算を行います。怪しんだ優秀な会計士が、本当に人が住んでいるか確かめるために夜間にマンションを見に行くと、それを察知したデベロッパーの社員たちが先回りして空き部屋に駆け込み、慌てて部屋の電気をポチポチと点けて回って「幸せな一家が暮らしていますよ」と偽装するのです。
まさに狐と狸の化かし合いです。ここまで徹底してごまかされると、会計士であっても数字の裏側を見抜くのは容易ではありません。
結び:決算書は企業の「人間ドック」である
ここまでバディカのBSを題材にさまざまな角度から見てきましたが、結論として言えるのは「決算書(BSやPL)を読むことは、人間の健康診断(人間ドック)の結果を見るのと同じだ」ということです。
たとえば、「身長170cm・体重100kg」という人がいたら、あなたはどう思いますか?
おそらく「ちょっと太りすぎで不健康だな」と思うでしょう。でも、体重250kgや15kgのような「今すぐ命に関わる異常値」ではありませんよね。
バディカの「自己資本比率10%」というのは、まさにこの「身長170cm・体重100kg」のような数字です。この数字だけを切り取れば「借金が多くて太めだな」と見えます。
しかし、さらに詳しく検査してみたら「実は体脂肪率は10%で、毎日ハードに鍛え上げているプロのラグビー選手や格闘家でした(=ROE40%で黒字を出している成長企業)」とわかるかもしれないのです。
逆に、同じ「身長170cm・体重100kg(自己資本比率10%)」でも、「体脂肪率40%・血圧190・年齢50歳(赤字経営で在庫も売れない)」だったら、それはただの危険なメタボのおじさんであり、すぐに治療が必要です。また、「身長170cm・体重60kg」で一見スリムで健康そうに見えても、内臓に深刻なガンを抱えている会社だってあります。
大切なのは、たったひとつの数字だけを見て「これ以下だからダメだ」と思考停止で批判することではありません。
英語で「Behind the numbers(数字の裏側)」と言うように、その会社がどんなビジネスモデルで、どんな商品を扱い、どんな成長フェーズにあるのかという「実態」と照らし合わせて、立体的に読み解くことなのです。
会計の知識とは、ビジネスの世界で「他人のお金を扱わせてもらうための共通言語」です。
目立つ経営者をプロ野球選手のように外野から野次るのは簡単ですが、数字の意味もわからずに騒いでいるだけでは、いつまで経っても「負け組フォーエバー」から抜け出せません。
まずは薄い本を1冊手に取るところから、この面白くて奥深い「会計」という言語を学んでみませんか?