【「借金」と書いて「夢」と呼ぶ】​ 元LINEヤフー会長・川邊健太郎が語る、巨大組織を動かした“評価改革”と怒涛のM&A


大企業が長年守り抜いてきた「成功体験」を捨てるのは、なぜこれほどまでに難しいのでしょうか。

かつてYahoo! JAPANの副社長に就任した当時、川邊健太郎さんは38歳。社員数はすでに1万人を超え、外から見れば絵に描いたような出世コースに映ったはずです。しかし現場の実情は、世の中の激動から大きく取り残されていました。

世はまさにスマートフォンの黎明期から普及期へ。ところが、ヤフー社内には「画面の小さい携帯なんかより、パソコンのほうが使いやすいに決まっている」という空気が根強く残っていました。前社長ですら「スマホはカバンから出していなかった」と振り返るほど、社内は筋金入りの“PCオタク”の集まりだったのです。時代はすでに、女性層を中心に手のひらの上の情報収集へとシフトし始めていました。

どれほど上が「これからはスマホだ」と叫んだところで、人の長年の習慣は変わりません。そこで川邊さんが取った手段は、きわめて合理的で現実的なものでした。評価基準そのものを変えてしまったのです。
「スマホ事業で成果を出せば、給料が上がり出世する」。この分かりやすいルールを敷くことで、巨大組織のベクトルを一気に変えていきました。笛吹けど踊らずの組織を動かすのは、耳触りのいいスローガンではなく、個人のインセンティブに直結する仕組みです。

その結果、2012年から2017年にかけてスマホへの移行は見事に結実します。閲覧数も収益もPCを逆転しました。

この躍進を支えた立役者が、UI(ユーザーインターフェース:画面の見た目や操作性)のタイムライン化と「インフィード広告」の導入です。インフィード広告とは、SNSのタイムラインなどのコンテンツの並びの中に、記事と同じフォーマットで自然に差し込まれる広告のこと。画面をスクロールする手を止めずに見てもらえるため、利用者の邪魔にならず収益性も跳ね上がります。

ここで、社内のモノづくりの常識も一変しました。それまでの「職人の勘と経験」に頼るやり方から、機械学習やディープラーニングを駆使したデータサイエンス主導へと舵を切ったのです。複数パターンのデザインを提示してどちらが優れているかを検証する「ABテスト」を自動で回し、データを徹底的に最適化していく。評価され、出世していったのは、勘に頼るベテランではなくサイエンスを操る技術者たちでした。

しかし、順風満帆に見える裏で、ヤフーには痛恨の敗北体験がありました。LINEの台頭を見逃したことです。

なぜ、あれほど巨大な「隕石」の衝突を予測できなかったのか。その根本原因は、ヤフー自身の自己認識にありました。メディア企業としての自負が強すぎるあまり、連絡手段のような「単なるツール」をどこか軽視してしまったのです。かつてGmailやGoogleマップというツールに生活の基盤を握られ、Googleのアカウントなしでは生きられない世界を作られたときと、まったく同じ見落としでした。

「二度と同じ轍を踏むまい」と立ち上がったのが、インテリジェンス(情報収集・分析)部門の強化です。書籍『イシューからはじめよ』の著者としても知られる安宅和人氏らが部門を率い、シリコンバレーの動向を徹底的に監視。米Facebookがタイムライン化とモバイルシフトで莫大な利益を上げている流れをいち早く掴み、ヤフーの改革へ素早く輸入できたのは、まさにこの手痛い反省の賜物でした。

そして2018年、川邊さんは社長のバトンを受け取ります。

当時は中国発の世界的な不景気が影を落とし、経営陣の間ではコストを削減して耐えるべきか、好機と捉えて攻めるべきかの議論が交わされていました。「守るのではなく、打って出るべきだ」。そう主張した川邊さんに、前社長の宮坂学氏はバトンを託したのです。

そこから始まった2年間は、まさに怒涛の「攻め」の連続でした。ZOZOの買収、LINEとの経営統合、そして決済サービス「PayPay」の立ち上げ。時価総額数兆円規模の企業が手を組む未曾有の大型再編です。

2019年のラグビーW杯の熱狂の裏で、社内では「地獄のオフロードパス」と呼ばれる過密日程が続いていました。アスクルの株主総会を乗り切って疲労困憊のところにZOZO買収の会議が差し込まれ、ZOZOの記者会見当日には裏でLINE統合の交渉が猛スピードで進んでいる――息つく暇もないプレッシャーの連続でした。

なぜ、そこまでして巨大な買収に踏み切ったのでしょうか。背景にあったのは、世界を席巻するGAFAM(Google、Apple、Meta、Amazon、Microsoftなどの巨大テック企業)に対する強い危機感です。

すでに年間数千億円の営業利益を稼ぎ出すヤフーにとって、自前で新規事業を立ち上げて数億円の利益を上乗せするのでは焼け石に水です。国内プレイヤーが手を組み、一気に数兆円規模のシナジーを生み出さなければ、巨大な黒船にはとても対抗できません。ZOZOの前澤友作氏と千葉・館山でバーベキューや釣りをしながら「本気でAmazonを倒す気があるのか」と語り合い、LINEとも対等な立場で手を取り合いました。

途方もない金額の借金を背負って勝負に出る恐怖はないのか? そう問われた川邊さんは、孫正義氏の姿を重ねながら笑って答えます。「借金と書いて、“夢”と呼ぶんです」。

電脳隊というベンチャーを創業した若手時代からソフトバンクグループの荒波を泳ぎ抜くなかで培われたのは、「失敗しても死ななきゃいい」というある種の腹の括り方、そして経営者としての軽やかな「ノリの良さ」でした。深く考えすぎればやらない理由はいくらでも見つかるからこそ、最後に背中を押すのは強烈な覚悟と直感なのです。

激動の社長業を走り抜け、川邊さんは会長へと退きます。

しかし、そこで待っていたのは穏やかな隠居生活ではありませんでした。統合直後のLINEで情報管理問題が浮上したことを受け、現場の社員たちが委縮せず誇りを持って働けるよう、社内での発言を極力控える「控えめな会長」に徹することを選んだのです。

すると、エネルギーの行き場がなくなります。社内に口出しできないなら、エネルギーを外に向け、世の中の理不尽を解決しよう――そう思い立ったきっかけは、意外にも個人的な大遅刻でした。

大尊敬する浅田真央さんのアイスショーに向かう日、春の土砂降りの雨のなか、流しのタクシーも配車アプリもまったく捕まらず、痛恨の遅刻を喫してしまったのです。海外に行けば当たり前にライドシェア(一般ドライバーが自家用車で乗客を運ぶサービス)が走っているのに、なぜ日本では車すら呼べないのか?

「雨のなかで国民を行列させ、旧態依然とした業界の既得権益を守るために利便性を犠牲にするのはおかしい」。その義憤から政府の規制改革推進会議に飛び込み、日本版ライドシェアの実現に向けて1年半にわたり奔走しました。結果として生まれた仕組みはまだ限定的で悔しさをにじませつつも、自らのメディア権力に頼るのではなく、個人のSNS(X)を通じて声を上げ続ける道を選びました。

評価基準の改革から、テクノロジーの刷新、巨大企業の統合、そして社会の古い規制との対峙へ。手段や立場は変わっても、その根底にあるのは「世の中の停滞を放置せず、スピード感を持って前へ進める」という一貫したエンジニア的リアリズムだったと言えるでしょう。