明日、午前4時41分03秒。日本の宇宙開発において、またひとつ歴史的な瞬間が訪れます。鹿児島県の種子島宇宙センターから、日本の大型基幹ロケット「H3ロケット」が打ち上げられるのです。
実は今、前回の歌配信を終えてからわずか1時間後、エコーを切り忘れるほどバタバタしながらも、どうしてもこの興奮を共有したくてたまりませんでした。普段はあまり短期間に連続して配信枠を取ることはないのですが、今回ばかりは特別です。なぜなら、このロケットには私が大注目している火星衛星探査機「MMX」が搭載されているからです。宇宙飛行士を名乗る身として、そして何より宇宙のロマンを愛するひとりとして、今夜は徹夜覚悟で調べ上げた情報と自作のイラストとともに、この壮大な計画の全貌をお話ししたいと思います。
そもそも、打ち上げ時刻が「03秒」という秒単位までピタリと決まっていることに驚かされませんか?これは地球の自転や公転のタイミングを計算し尽くし、「今この瞬間に撃ち出せば狙い通りの軌道に乗る」という絶妙なタイミングが選ばれているからなのでしょう。舞台となる種子島は、アニメーション映画『秒速5センチメートル』でロケットが発射されていたあの場所です。そこから明日、日本の探査機がはるか彼方の火星圏へと旅立ちます。
1. 主役は巨大な探査機「MMX」と人類初の挑戦
今回のH3ロケットに積み込まれている主役が、火星衛星探査機「MMX」です。
実は今回の解説のために、丸1日かけてMMXのイラストを描いて準備してきました。画面のスライドに載せると小さく可愛らしく見えるかもしれませんが、実物は見上げるほど巨大です。最初、私は幅3.3メートル、高さ2.5メートルほどだと勘違いしていたのですが、よく調べたらそれは2分の1模型のサイズでした。有識者のリスナーさんに教えてもらって判明した実際のサイズは、なんと幅約9メートル、奥行き約4.5メートル、高さ約5.3メートル。打ち上げ時の質量は約4500キログラムにも達します。とてつもなく巨大で重厚な機体なのです。
では、この巨大なMMXは火星圏でいったい何をするのでしょうか?
課せられた使命は、人類初となる「火星圏サンプルリターン」です。「サンプルリターン」とは、ただ遠くからカメラで写真を撮って終わりではなく、実際に天体に降り立って表面の砂や石(サンプル)を採取し、地球まで持ち帰ってくるミッションのことを指します。かつて日本の探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」が小惑星から砂を持ち帰った快挙をご記憶の方も多いのではないでしょうか。今回はその火星衛星版として、構想から約10年、打ち上げから帰還まで約5年もの歳月をかけ、火星の衛星「フォボス」から10グラム以上の砂を持ち帰るという超大作プロジェクトが始動します。
2. なぜ「火星の衛星」を目指すのか?――恋愛ゲームで紐解く宇宙戦略
ここでひとつの疑問が浮かびます。なぜ火星そのものではなく、火星の「衛星」に行くのでしょうか?
まず、火星という星について思い浮かべてみてください。「水金地火木土天海」の順番が示す通り、火星は太陽系の中で地球のひとつ外側の軌道を回る、比較的ご近所の惑星です。もし「明日から火星に住んでください」と言われたら、あなたはどうしますか?
おそらく「砂ばかりで無理!」と答えるはずです。その通りで、現在の火星は薄い大気と寒冷な砂漠に覆われており、人間が住むには惑星環境を地球のように作り変える「テラフォーミング」でもしない限りとても厳しい環境です。しかし、太古の火星には濃い大気や大量の水、つまり海や湖が存在し、地球により近い環境だったと考えられています。そのため、火星を調べれば「生命が住める惑星がどうやって誕生し、なぜ環境が変化していったのか」という大きな謎が解けるかもしれないのです。
研究者たちにとって、火星は少女漫画のヒーローが思わず壁ドンして「おもしれー星……」と呟いてしまうほど、ドキドキワクワクさせられる魅力的なターゲットなのです。
ところが、この火星というヒロインは、そう簡単に攻略できる「ちょろい相手」ではありません。火星は重力が大きいため、探査機が直接降り立って、そこから再び重力を振り切って地球へ帰還するのは技術的に極めて難しいのです。なかなか近づかせてくれない高嶺の花、というわけです。
そこで科学者たちが考えたのが、まるで恋愛シミュレーションゲームのような完璧な戦略でした。本命のガードが堅いなら、まずはその「大親友」と仲良くなって外堀を埋め、本命の情報を引き出せばいいのです。火星には「フォボス」と「ダイモス」という2つの衛星(月)がありますが、今回はそのうちの「フォボス」のもとへ向かいます。
私が夜なべして泣きながら描いたイラストでは少しジャガイモのようになってしまいましたが、このフォボスを訪れることには、大きく3つの重要な目的があります。
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1つ目:火星衛星の起源(生い立ち)の解明
ヒロインを攻略するには、まず相手の生い立ちを知ることが大切です。実は、フォボスがどうやって生まれたのかはまだ正確にわかっておらず、2つの有力な仮説が対立しています。ひとつは、かつて火星に巨大な天体がドーンと衝突し、飛び散った破片が集まってフォボスになったという「巨大衝突説」。もうひとつは、宇宙をふらっと飛んできた小惑星が火星の重力に捕まったという「捕獲説」です。MMXはフォボスの物質を直接調べることで、この長年の未解決問題に決着をつけようとしています。 -
2つ目:火星圏の進化史の解明
地球の月と比べると、フォボスは直径20数キロメートルほど、月の約100分の1程度しかない小さな天体です。しかし、火星のすぐそばを回っている「親友」だからこそ、大昔の隕石衝突によって火星表面から巻き上げられた物質が、まるで「ふりかけ」のようにフォボスの表面に降り積もっている可能性があります。その砂を持ち帰ることができれば、火星の表面環境がどう変化したのか、約40億年前にあったとされる海や湖の痕跡、さらには有機物や生命の痕跡まで知る手がかりになるかもしれません。フォボスからすれば「私に会いに来たのに、本命は火星ちゃんなの?」と泣いてしまいそうな話ですが、この罪な男・MMXは衛星と火星の両方の謎を一挙に解き明かそうとしているのです。 -
3つ目:未来へつながる探査技術の獲得
理学的なロマンだけでなく、工学・ものづくりの視点も見逃せません。はるか遠い火星圏まで飛行し、フォボスに着陸してサンプルを回収し、地球と長距離通信を行いながら帰還する。この一連の挑戦そのものが、未来のさらに遠い宇宙探査へとつながる技術の積み重ねになります。「はやぶさ」で培った技術がMMXへ受け継がれ、さらに次の世代へつながっていく。まさに人類の叡智の結晶です。
3. 分刻みで姿を変える!H3ロケット打ち上げのタイムライン
さて、そんな壮大なロマンを背負ったMMXを宇宙へと送り出すのが、日本の新型次世代ロケット「H3ロケット(10号機)」です。従来の「H2Aロケット」の後継機として2023年3月に初打ち上げを迎えたばかりの新しいロケットで、「柔軟性・信頼性・低価格」の3拍子が揃った頼もしい機体です。
突然ですが、ここでひとつ質問です。細長いロケットのどの部分に、探査機MMXが入っているかご存知ですか?
正解は、ロケットの一番先端にある白いカバーの部分です。ここは「フェアリング」と呼ばれており、この中にMMXが大切に格納されています。アニメやイラストで見るデフォルメされたロケットは、そのままの形で宇宙を飛んでいくイメージがあるかもしれません。私も詳しく調べるまではそう思っていました。しかし実際のロケットは、重い荷物を抱えたまま高く飛ぶのが難しいため、役目を終えたパーツを次々と削ぎ落とし、徹底的に身軽になりながら宇宙へと駆け上がっていくのです。
明日の打ち上げが何倍も楽しくなるよう、午前4時41分03秒の発射からMMXが旅立つまでの分刻みのドラマを予習しておきましょう。
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打ち上げから1分56秒〜1分58秒後:固体ロケットブースター(SRB-3)の分離
重たい機体を地上から一気に持ち上げるには、最初にとてつもない推進力が必要です。その補助をするのが、本体の両脇にくっついている小さな白いロケット「固体ロケットブースター(SRB-3)」です。内部の固体推進剤を一気に燃やして爆発的なパワーを生み出しますが、一度火がつくと制御が難しく、長くは燃え続けられません。そのため、開始2分足らずで燃料を使い切り、「お役御免!」とばかりに切り離されます。 -
打ち上げから3分17秒後:衛星フェアリングの分離
続いて、先端でMMXを守っていたカバー(フェアリング)がパカッと開いて分離します。大気圏内を猛スピードで飛ぶ間は、激しい風圧や空気との摩擦熱から探査機を守る必要がありますが、わずか3分あまりでロケットは大気圏外へと到達します。空気がなくなればカバーは不要な重りでしかありません。ここでフェアリングを脱ぎ捨て、MMXがむき出しの状態になります。 -
打ち上げから4分52秒〜4分59秒後:第1段エンジンの燃焼停止と分離
なんと打ち上げから5分も経たないうちに、ロケットのメインの胴体部分である第1段エンジンが燃焼を終え、丸ごと切り離されます。私たちが「ロケット」と言われて思い浮かべる大部分は、最初の打ち上げの勢いを得るためだけのものだったのです。 -
打ち上げから5分12秒後:第2段エンジンの第1回推力立ち上がり
すっかり小さくなり、身軽になった機体の「第2段エンジン」に火がつきます。H3ロケットは2段構えのエンジン構成になっており、軽くなった機体をここからさらに効率よく加速させていきます。 -
打ち上げから10分40秒後:第2段エンジンの第1回燃焼停止
点火から約5分後、第2段エンジンが一度ストップします。「えっ、止まってしまって火星に行けるの?」と心配になるかもしれませんが、ご安心ください。人工衛星が地球に落ちずに周回するために必要な速度を「第一宇宙速度(秒速約7.9キロメートル)」と呼びますが、この時点でロケットは秒速約7.7キロメートルまで加速しています。時速に直すと約2万8000キロメートル、新幹線の何十倍もの猛スピードです。まずはこの速度で地球の周りを飛びながら、火星へ向けて再加速するのに最適な位置まで移動します。 -
打ち上げから1時間3分57秒後:第2段エンジンの第2回推力立ち上がり
約1時間の飛行を経て、ベストな位置に来たところで第2段エンジンが再点火します。地球の重力を振り切って火星へ向かう軌道に乗せるため、秒速11.2キロメートルという凄まじい速度まで一気に再加速します。 -
打ち上げから約1時間11分〜1時間30分後:第2回燃焼停止、そしてMMX分離
十分な速度に達するとエンジンが停止し、ついにMMXがロケットから切り離されます。「ありがとうH3ロケット、ここからは1人で行けるよ!」と別れを告げ、MMXは単独で火星圏への旅路へと踏み出すのです。
4. 5年後の未来へ――MMXが描く宇宙の旅路
ロケットから旅立ったMMXには、そこから5年間にわたる長いジャーニーが待っています。
- 2026年10月:地球から打ち上げ。
- 2027年:約1年かけて火星圏へ到着。
- 2027年〜2030年(約3年間):火星圏に滞在し、フォボスの詳細な観測と2回の着陸を行い、10グラム以上のサンプル採取を目指します。また、もうひとつの衛星「ダイモス」にも、着陸こそしませんが接近して観測を行う予定です。ちょうど3年間、本命の火星と親友のフォボス、ダイモスに囲まれて過ごす、ドキドキの「火星圏高校生活」のような期間ですね。
- 2030年:調査を終えて火星圏を離脱。
- 2031年:約1年かけて地球圏へ帰還し、砂の入ったカプセルを地球へ届けて回収されます。
帰還は5年後の2031年です。5年後、あなたは何をしているでしょうか?デビューしたばかりの私には、5年後の自分がどうなっているかまだ想像もつきませんが、その時もまた皆さんと一緒に「MMX、おかえり!」と迎えられたら本当に素敵だなと思います。
途方もなく遠い火星圏にある探査機と遠距離通信を行い、精密に制御して砂を持ち帰る。その裏には、数え切れないほど多くの研究者や技術者の方々の熱い想いが詰まっています。それを思うだけで、今から胸が熱くなってきます。
明日、午前4時からは私のチャンネルでもJAXAの配信に合わせた打ち上げ同時視聴を行います。少なくとも打ち上げから約10分後の「第1回燃焼停止」のタイミングまでは確実に見届ける予定です。平日ですので、どうか無理はなさらず、心身の健康を第一にしてくださいね。今から仮眠をとって目覚ましを2〜3個かけて起きる方も、そのまま4時まで夜更かしする方も、あるいは夢の中で「MMXがんばれ…」と祈りながら朝のニュースやアーカイブで楽しむ方も、それぞれの形でこの歴史的な旅立ちを一緒に応援しましょう!