「『ゼビウス』が繋いだ情熱のバトン:一人の高校生がゲームの歴史を変えるまで」


皆さんは、自分の人生を劇的に変えたゲームに出会ったことはありますか?

『The Legend of Xevius Strategy』には、日本のゲーム業界に多大な影響を与えた熱い対談が収録されています。

語り手は、元カプコンのトップクリエイターである岡本氏と、株式会社マトリックスの大堀社長です。大堀氏はなんと高校生の頃、『ゼビウス』というゲームの攻略本「1000万点の道」を自費出版したという驚きの経歴を持っています。

この手作りの一冊が、いかにして若き日の天才クリエイターを救い、そして現在のゲーム文化保存運動へと繋がっていったのでしょうか。

『ゼビウス』の衝撃と「1000万点の道」

1983年に登場したアーケードゲーム『ゼビウス』。当時のゲームセンターは、今の言葉で言えばファミコンレベルの映像が主流でした。そこに突然、スーパーファミコン以上の美麗なグラフィックを持つゲームが現れたのですから、当時のプレイヤーたちの驚きは計り知れません。ハードウェアの仕様を熟知し、特定の色数を削ってまで美しいグレーのグラデーションを表現するなど、作り手の並々ならぬこだわりが詰まっていました。

しかし、このゲームの真のすごさは見た目だけではありませんでした。

地上と空中で別々の「テーブル(敵の出現パターン)」が設定されており、プレイヤーが敵を倒すタイミングをずらすことで、意図的に敵の攻撃を緩くすることができたのです。まるで、プレイヤーとゲームが対話しているかのような、当時としては画期的なシステムでした。

難しくてクリアできないと悩んでいた岡本氏にとって、救世主となったのが大堀氏の書いた攻略本「1000万点の道」です。この本は、感覚でプレイされていたゲームの隠れたルールを言語化し、まるでゲームの仕様書のように細かく解析していました。岡本氏はこの本からゲーム作りの構造を学び、業界で生き残るための大きなヒントを得たと語っています。

一人の高校生の探求心が、プロのクリエイターを救ったのです。

情熱が生んだ「バキュラ256発」伝説

それにしても、一介の高校生がなぜそんなすごい本を作れたのでしょうか? 皆さんも不思議に思いませんか?

実は、本を出版するにあたり、大堀氏は直接ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)に許可を取りに行きました。しかも、手ぶらではありません。高額なビデオ機材を借りて「6時間半かけて1000万点を達成したプレイ映像」を証拠として持参したのです。途中でトイレに行きたくなった際は、機体を敵の来ない安全な場所に放置してあえてミスを重ね、その間に走って用を足すという命がけのプレイでした。
すさまじい執念ですよね。

これにはナムコの開発陣も驚き、快く許可を出してくれました。さらに、開発者たちとの会話の中で「バキュラ(鉄板のような無敵の敵)は256発撃つと壊れるかもね」という、ちょっとした冗談(リップサービス)が飛び出しました。大堀氏はこの言葉を信じて攻略本に書いてしまいます。

これが、日本のゲーム史に残る有名な都市伝説「バキュラ256発伝説」の誕生の瞬間でした。情熱と偶然が交差して生まれた、なんとも微笑ましいエピソードです。

逆境から生まれた「繋がり」への渇望

大堀氏がここまでゲームに情熱を注いだ背景には、当時の社会的な逆境がありました。

インベーダーブームの頃、ゲームセンターは「暗くて不良がいる場所」とされ、PTAから禁止令が出るなど、ゲーム好きに対する世間の風当たりは非常に強いものでした。「こんなに面白い遊びを、なぜ否定されなければならないのか?」。孤独な思いを抱えていた大堀氏にとって、攻略本を作ったり、雑誌で全国のハイスコアを集計したりすることは、同じように情報を求めている「ゲーム好きの友達」と繋がるための切実な手段だったのです。

彼が作った300円の攻略本は、仲間たちの手によってゲームセンターのカウンターに置かれ、当初の予想を大きく上回る大ヒットとなりました。

次世代への恩送りと文化の保存

現在、大堀氏はゲーム会社を経営する傍ら、「ゲーム文化保存研究所」を立ち上げ、ゲームの歴史を未来へ残す活動に尽力しています。

その原動力となっているのは、かつてアルバイト時代に先輩クリエイターたちから受けた恩返しです。「自分たちがしてもらったことを、次の世代にやってやれ」。先輩から受け取ったこの温かい言葉を、バケツリレーのように次へ渡すべく、後進の育成や、先人たちの功績を正しく後世に伝える活動を続けています。

例えば、「バカゲー」と揶揄されがちなデータイーストという会社が、実はゲーム業界に多大な影響を与えていた事実をご存知でしょうか?。同社は、家庭用ゲーム機のようにソフトだけを差し替えることができる革新的な「カセット式アーケード基盤」を開発し、後のゲーム業界(カプコンのCPシステムなど)に大きな影響を与えました。大堀氏らは、こうした隠れた功績もしっかりと記録に残しています。

さらに現在は、新宿・歌舞伎町のビル(奇しくもゲーム『龍が如く2』で爆破されることで有名なビルです)に複数のゲーム会社を集め、クリエイター同士が交流できるハブを作る構想も進めています。廃校を利用したゲーム博物館の設立など、彼らの夢は尽きません。

終わりに

ゲームがまだ「不良の遊び」と呼ばれ、社会から冷たい視線を浴びていた時代。それでもゲームの底知れぬ可能性を信じ、純粋に熱狂した若者たちの情熱が、現在の巨大なゲーム産業の礎を築きました。情報をただのデータとして終わらせず、いかに後世に意味のある形で伝えるか。大堀氏のその姿勢は、攻略本を作った高校生の頃から少しも変わっていません。

皆さんも、昔夢中になったゲームや趣味のことを少し思い出してみませんか?

そこにはきっと、あなたの人生を少しだけ動かした「情熱の記憶」が眠っているはずです。