「金はあるが、他に使いたいから払わない」――2億円の未払いで70人を解雇した開発会社と、逃げ続ける発注元の闇



「お金がないわけではありません。ただ、新作ゲームに資金を回したいので今は払えません」

もし取引先の弁護士から、こんな書面が届いたらどう思うでしょうか。冗談にしか聞こえない台詞ですが、これはゲーム業界の現場で実際に起きたトラブルです。

約束された報酬が突然支払われなくなり、気がつけば未払い額は約2億円にまで膨れ上がる。耐えかねた開発会社は70名の正社員を解雇せざるを得なくなり、事実上の経営破綻に追い込まれました。一方で、支払いを拒み続ける側の企業は、今もゲームの運営を続け、新作のPRを行っています。

真面目にものづくりをしていた会社がなぜ崩壊し、不条理な踏み倒しがまかり通ってしまったのか。その経緯を紐解いていきます。

はじまりは順調なパートナーシップだった

トラブルに見舞われたのは、ゲーム開発会社「オギックス」です。発注元であるパブリッシャー(販売元)の「ポッピンゲームズジャパン」から依頼を受け、モバイルゲームの受託開発と運営を行っていました。
取り組んだのは、いわゆる「側(がわ)替え」と呼ばれる手法です。ゲームの土台となるシステムを共通化し、登場キャラクターや世界観などのIP(版権)を差し替えて複数タイトルを展開する仕組みです。例えるなら、車の頑丈なシャーシ(車体フレーム)を1つ作り、外装のデザインを変えて複数の車種として売り出すようなもの。これにより、開発コストを大幅に抑えつつ、短期間で高品質なゲームを市場に届けることができます。

最初のタイトルは2023年冬から開発がスタート。その後、人気ライトノベルやアニメのIPを用いたタイトルなど、計4本の開発・運営へと広がっていきました。

契約形態も合理的でした。開発段階では予算を最小限に抑え、オギックス側もある程度コストを持ち出す代わりに、リリース後の「運営費」と売上に応じた「レベニューシェア(収益分配)」で回収するスキームです。ビジネスリスクを分け合い、成功した果実を共に分け合う――ここまでは、ごく健全な関係に見えました。

実際、4本のゲームは無事にリリースされ、初期の開発費も問題なく支払われていました。歯車が狂い始めたのは、すべての開発が終わり、本格的な「運営フェーズ」に入った直後です。

突然の「水増し請求」という言いがかり

2025年5月、ポッピン側から突如として支払いの停止が通告されます。理由は「オギックスが人件費を水増し請求している」というものでした。

しかし、運営費はあらかじめ「月額いくら、何名体制で対応するか」を合意した固定契約です。人数や作業量に応じて請求額が勝手に増える性質のものではありません。

ポッピン側が問題視したのは、連絡用の業務チャットに入っている人員の数でした。「10人体制の契約なのに、なぜチャットに15人いるのか」という指摘です。

もちろん、追加分の費用を請求しているわけではありません。イラスト制作のディレクションや専門的な作業のために、外部パートナーが部分的に関わるのはゲーム制作では日常茶飯事です。0.5人月(半分の稼働)のスタッフが2人いればチャットのアカウントは2つになりますが、請求は1人分。オギックス側は作業ログや稼働記録を分単位ですべて洗い出し、契約通りの稼働であることを完全に証明しました。

結果、ポッピン側は「こちらの勘違いでした」と非を認め、謝罪します。

「これでようやく支払われる」――そう胸をなでおろしたのも束の間、悪夢はここからが本番でした。

引き延ばされる約束と、渡してしまった「鍵」

誤解が解けたはずなのに、翌月になっても、その翌月になっても、約束のお金は1円も振り込まれませんでした。

毎月かかる運営費に加え、本来ポッピン側が負担すべきサーバー代(AWSなどのインフラ費用)もオギックスが立て替えたままです。その負担は月間およそ4,000万円。毎月高級外車が1台ずつ消えていくような猛烈な勢いで、オギックスの資金が削られていきました。

「ゲームのサーバーを止めればいいのでは?」と思うかもしれません。実際、オギックス側もサービスの停止を検討しました。

しかし、サーバーを止めればゲームを楽しんでいるユーザーが遊べなくなります。原作者や版権元(IPホルダー)にも泥を塗ることになります。相手の資金繰りが一時的に苦しいだけなら、なんとか助け合って乗り越えたい――そうした制作陣の善意と責任感が、皮肉にも判断を遅らせる足枷(あしかせ)になってしまいました。

家賃を滞納し続ける住人が、「来月にはまとまったお金が入るから」「今すぐ追い出されたら払えるものも払えなくなる」と言い訳を重ね、大家がズルズルと待ってしまう構図と全く同じです。

そして、決定的な失敗が起きます。

弁護士を立てて返済計画(約1億5,000万円)を正式に結び直す際、ポッピン側から「契約を結ぶ代わりに、サーバーの管理権限(鍵)を渡してほしい」と要求されたのです。「公正な書面を交わしたのだから、さすがに約束は守られるだろう」と信じたオギックスは、その権限を明け渡してしまいました。

人質を手放した瞬間でした。

管理権限を握ったポッピン側は、合意した返済期日の初日、約束していた1,000万円の返済を反故にします。ゲームの運営権は奪われ、サービスを止めて抗議することすらできなくなってしまったのです。

「金はあるが、払いたくない」

追い詰められたオギックスに、さらなる追撃が訪れます。強制執行(財産の差し押さえ)を可能にする「公正証書」の作成手続きを求めても、相手の代表者は「腹が痛い」と言ってドタキャンを繰り返し、ついには連絡を絶ちました。登記された自宅を訪ねても、生活実態すらありません。

そして届いたのが、冒頭の弁護士書面です。

 「手元に資金がないわけではない」

 「だが、現在運営中のタイトルや新作事業に資金を投資したい」

 「新作が当たって儲かったら、2026年から月々100万円ずつ(完済まで何年もかけて)払う」

あまりにも身勝手な論理でした。下請け企業は銀行でも親戚でもありません。他人の金で勝手にギャンブルを続け、当たったら返してやる、と言っているに等しい主張です。

資金ショートを起こしたオギックスの社内では、スタッフたちが「無給でもいいから一緒に戦います」と声を上げてくれたといいます。しかし、労働基準監督署に相談した代表に告げられたのは冷徹な現実でした。「給与を払わずに従業員を働かせ続ければ、経営者であるあなた自身が労基法違反で刑事告訴の対象になります」。

どれほど理不尽な被害者であっても、法律の前では「給与未払いのブラック企業経営者」になってしまうのです。

2025年11月、代表は苦渋の決断を下し、正社員70名全員を解雇しました。

奪われた権利、放置される被害

現在、オギックスの代表は会社を清算して倒産させる道を選ばず、個人で別の仕事をして得た収入を会社へ貸し付け、少しずつ取引先や債権者への返済を続けています。会社を潰してしまえば、これまで関わってくれたスタッフたちの労力や、裁判で責任を追及する権利まで消えてしまうからです。

一方で、契約不履行を続けたポッピンゲームズ側はどうなったのでしょうか。

オギックスが制作したタイトルは、別の関連会社等を通じて今も配信が続けられ、イベントや課金のアップデートが行われています。さらに、大手ゲーム会社との共同事業や、東京ゲームショウへの大規模出展など、対外的には何事もなかったかのように活動を継続しています。

調べを進めると、同様のトラブルを抱えている企業はオギックス1社にとどまらず、すでに20社以上、訴訟も10件以上抱えている実態が浮かび上がってきました。業界が不況にあえぎ、案件を喉から手が出るほど欲しがっている制作会社が次々と罠に落ちていたのです。

ビジネスにおける最大の教訓

このトラブルから私たちが学ぶべき教訓は何でしょうか。

第一に、「契約書があるから大丈夫」という思い込みを捨てることです。どれほど厳密な契約を結んでも、相手が「最初から守る気がない」「踏み倒しても平気」というスタンスであれば、裁判で勝訴判決を取るまでの数年間、キャッシュを失った側が先に倒れてしまいます。

第二に、「お人好しな判断」を戒めることです。ユーザーのため、IPの信用のためと善意で対応を続けた結果、相手に甘えと時間を与え、最も守るべき自社の社員を守れなくなってしまいました。支払いが止まった瞬間に損切りし、サービス停止を含めた強硬措置を取るべきだった――代表自身が痛恨の反省として語っている点です。

ゲームを作る人々の熱意や誠実さが、こうした不条理な踏み倒しによって踏みにじられる事態は、業界全体にとっても大きな損失です。二度と同じような被害者を出さないためにも、企業間の取引に潜むリスクと、毅然とした初動対応の重要性を重く受け止める必要があります。