日本のゲーム業界に燦然と輝く伝説のクリエイター、稲船敬二氏と岡本吉起氏。20数年ぶりにじっくりと語り合ったお二人の対談からは、ゲーム作りへの熱い情熱と、生々しい業界の裏側が浮かび上がってきました。
皆さんは、大ヒットを連発する大企業に勤めていたら、そこを辞めようと思うでしょうか?
カプコンという巨大な城の中で、彼らはあえて「外」に出る道を選びました。その最大の理由は、会社が安定し「守り」に入ってしまったことでした。岡本氏が去った後、なんとか会社を安定させた稲船氏でしたが、組織全体が保守的になるにつれて、新しいことへの挑戦が難しくなってしまったと言います。
たとえば、人気シリーズのナンバリング(シリーズの続編)だけを作るように指示される状況です。これは例えるなら、毎日同じレシピでカレーを作り続けるようなもの。美味しくて売れると分かっていても、新しい味を探求したい料理人にとっては息苦しい環境ですよね。実際、かつてカプコンを支えた藤原得郎氏も「売れたアーケードゲームの移植だけをしておけ」と指示されたことが原因で会社を去ったそうです。ゼロからイチを生み出したいというクリエイターの魂が、安定という名の枠に収まりきらなくなったのでしょう。
自由と心理戦が名作を生む
ここで少し、当時のカプコンがいかに自由で刺激的な場所だったかを振り返ってみましょう。
驚くべきことに、就業時間中にずっと漫画雑誌「ジャンプ」を読んでいても許されるほど、自由な社風だったそうです。会社に漫画の図書コーナーやジムまであり、インプットのための時間は立派な「仕事」として認められていました。この自由な空気が、数々の名作を生み出す土壌になっていたのは間違いありません。
そんな環境で培われた稲船氏のしたたかさを象徴するのが、キャラクターデザインにおける上司との「心理戦」です。当時、藤原氏からデザインのOKをもらうため、稲船氏は自分の本命デザインの他に、あえて藤原氏が嫌いな色(ピンクなど)を使ったダミーを2つ用意していました。確実に本命を選ばせるという賢い作戦です。
また、『ロックマンX』の開発では、なんと稲船氏は主人公であるロックマンのデザインを後輩に任せてしまいます。その代わり、彼は真っ赤なライバルキャラクター「ゼロ」のデザインに全力を注ぎました。ゼロこそが真の主人公であるかのようにシナリオや設定を緻密に練り上げ、見事に大人気キャラクターへと育て上げたのです。後のシリーズでも「ゼロのデザインだけは絶対に変えるな」と釘を刺したほど、強い思い入れがありました。
独立という荒波と経営のリアル
しかし、独立という道は決して平坦ではありませんでした。
大企業の看板という「温かい毛布」を脱ぎ捨てた後、彼らを待っていたのは経営という冷たい現実です。稲船氏は「コンセプト」という会社を立ち上げましたが、ゲーム作りの才能(クリエイティブ)だけでは会社は回らないと痛感したと語っています。裏で組織を支える「石田三成」のような存在、つまり実務を担う人材がいなかったことが苦戦の理由でした。
一方の岡本氏も、自身の会社で17億円もの借金を背負うという壮絶な経験をしています。リーマンショックの影響で唯一の取引先が倒れ、支払いが滞ってしまったのです。一つのカゴにすべての卵を入れておくと、落とした時にすべて割れてしまう。まさにその比喩通りの危機でした。大企業にいた頃は、欠けたパズルのピースを埋めるように人材を配置できましたが、小さな会社ではそれが叶いません。社内政治の対立や実力不足も相まって、組織が次第に崩壊していくリアルな様子が生々しく語られました。
反骨心が生んだ『スト4』の奇跡
こうした逆境を乗り越える力もまた、彼らの魅力です。
稲船氏がカプコン時代に残した大きな功績の一つに、『ストリートファイターIV』の立ち上げがあります。当時、会社が危機的な状況にあり、上層部からは「オリジナル作品は作るな」と厳命されていました。しかし、彼はそれを単なる「建前」と見抜きます。水面下で『デッドライジング』や『ロストプラネット』といった新規タイトルを強引に立ち上げつつ、海外で熱望されていた『ストリートファイター』の新作プロジェクトを始動させたのです。
その際、かつて初代を立ち上げた西山氏を巻き込み、「スト2をリスペクトした新作を作りましょう」と口説き落としました。この巧みなチームビルディングが功を奏し、結果的に大ヒットを記録してシリーズを見事に復活させました。ルールに縛られず、常にファンの求めるものを見据える。これぞプロの仕事と言えます。
現代ゲーム業界への視点とこれからの夢
さて、現在のゲーム業界について、彼らはどう見ているのでしょうか?
カプコンは現在非常に好調ですが、稲船氏は「プレイヤーの年齢層が上がりすぎている」という鋭い指摘をしています。『モンスターハンター』や『ロックマン』のプレイヤー層が40代、50代中心になっており、10代の若い層を開拓できていないことに危機感を抱いているのです。任天堂の『ポケモン』が常に新しい子供たちをターゲットにしているのとは対照的ですね。
また、近年のゲームにありがちな「確定ドロップ(条件を満たせば確実にアイテムが手に入る仕様)」についても、昔のような「出るか出ないか分からないワクワクとストレス」が失われてしまったと嘆いています。便利になりすぎることで、ゲーム本来のスパイスが消えてしまうのかもしれません。
最後に、現在60歳の稲船氏は、65歳でゲームクリエイターを引退する決意を固めています。残りの約4年間で、現在関わっている会社を「カプコンを超えるような良い状態」に引き上げることが、彼の最後のミッションです。周りからは冗談だと思われるような大きすぎる夢をあえて掲げる心意気は、今も健在です。
そして引退後はなんと、全く違う「建築(フルリフォームのデザイン)」の世界で趣味として生きていくそうです。
情熱の赴くままにゼロからイチを生み出し、時にはしたたかに上層部をかわし、独立の荒波を乗り越えてきたクリエイターたち。彼らの物語は、私たちに「働くことの面白さと厳しさ」を教えてくれます。皆さんも、自分の仕事のなかに「ゼロからイチを生み出す楽しさ」を見つけてみませんか?