夜の街で安全に、そして楽しく過ごすためのルールは「路上で声をかけてくるキャッチには、決してついていかないこと」


夜の歌舞伎町を歩いていて、「いい店ありますよ」と声をかけられた経験はありませんか?

新宿をはじめとする歓楽街を取材し続けて四半世紀、いわば裏社会と夜の街の生態系を見つめ続けてきた作家の草下シンヤ氏と、危険地帯ジャーナリストの丸山ゴンザレス氏。二人の対談から浮かび上がってきたのは、甘い誘い文句の裏に広がる、想像以上にシビアで危険な「客引き(キャッチ)」の真実です。

結論から言えば、キャッチには絶対についていってはいけません。なぜそう言い切れるのか、その裏事情と危険な手口を紐解いていきましょう。

キャッチは「人」を見ている:業界用語「やっつけ」と「湧く」

地方から上京してきた若者や観光客が増えるシーズンになると、「客引きについていっても大丈夫ですか?」という相談が頻繁に寄せられます。

答えは完全に「ノー」です。

ひどい目に遭う確率が跳ね上がるからです。

最近ではマッチングアプリで知り合った相手に指定されたレンタルバーへ連れて行かれ、短時間で法外な請求を突きつけられるといった手口も横行しています。しかし、時代が変わっても「知らない店に案内される危険性」の本質は変わりません。

客引きの男たちは、行き交う人々全員に同じ罠を仕掛けているわけではありません。サバンナの肉食獣が狙いやすい獲物を値踏みするように、相手を鋭く観察しています。

ここで、彼らが使う業界用語を二つ紹介しましょう。

やっつけ:生意気な客やカモにしやすい客を、あえて危険なぼったくり店へ意図的に送り込むこと。

湧く(わく):ぼったくられた客が怒り狂い、店先や路上で騒ぎ立てること。

客引きは「こいつ、気に入らないからやっつけてしまえ」と危ない店に客を流し、店内でトラブルになって客が「湧いて」いる間は、路上で鉢合わせしないよう姿を隠します。

完全な確信犯なのです。

「でも、たまには良心的な普通の店を教えてくれるのでは?」と疑問に思うかもしれません。しかし、まともな居酒屋などを教えてもらえるのは、街の住人同士として顔見知りの関係ができている場合に限られます。一見の通行人に親切心で優良店を案内することなど、まずあり得ません。

実録潜入①:風林会館近くの「連れ出し系」とタケノコ剥ぎ

かつて草下氏は、危ない橋を渡り慣れた友人・Y君とともに「あらゆるキャッチについていったら何が起きるか」という危険な潜入実験を行っていました。

「女性がいる店で飲まない?」と声をかけてきたキャッチについていくと、案内されたのは風林会館近くの雑居ビル上層階でした。

いわく付きのビルです。

店内は一般的なキャバクラとは異なり、日本語が一切通じない中国人女性が座り、黒服が背後から無言の威圧感を放っていました。店側の目的は、女性を外へ連れ出させる「連れ出し」です。

裏事情を知る草下氏らはおびえることなく、「聞いていた話とまったく違う」と淡々と受け流し、通常の飲み代として数千円だけを置いて店を出ることができました。街の空気を知っていたからこその回避劇です。

しかし、夜の街に不慣れな一般客ならどうなっていたでしょうか。恐怖心から断れず、言われるがままに数万円の連れ出し料を支払ってしまうのが関の山です。

さらに恐ろしいのはその先です。連れて行かれる先は通常のホテルではなく、見張りが配置されたレンタルルーム。そこで待っているのが、服を1枚脱ぐごとに追加料金を要求される、いわゆる「タケノコ剥ぎ」の手口です。

最終的には10万円近く巻き上げられた挙句、何一つ望むサービスも受けられないまま放り出されるのが典型的な結末です。

実録潜入②:巨大なジャマイカ人とレゲエの即興心理戦

歌舞伎町で長年目にする「外国人キャッチ」はどうなのでしょうか。こちらも一筋縄ではいきません。

草下氏とY君がついていったのは、同じく風林会館の地下にあったバーでした。迎えたのは大柄なジャマイカ人店長と、威圧感のある大柄なボディーガード、そして女性スタッフたち。

隣のボックス席では先客が圧倒され、言われるがままに高額なボトルを次々と注文させられていました。

草下氏らのテーブルでも、店長がドカッと腰を下ろし、凄まじいプレッシャーで高額注文を迫ってきます。一触即発の空気です。

そこで草下氏が繰り出したのが、徹底的な「ジャマイカ・ローカルトーク」でした。現地事情やレゲエ文化に精通した知人を持っていた草下氏は、現地のリアルな話題を投げかけ続けたのです。

すると、高圧的だった店長の表情が一変しました。望郷の念からか会話は大いに盛り上がり、店長は笑顔を見せるようになります。

約2時間後、提示された会計は1人あたり約7,000円というごく常識的な金額でした。店長は去り際にこう言い放ったといいます。

「お前らはこの店で一番支払いが少なかったが、一番楽しい客だった」と。

運と話術で切り抜けた形ですが、隣の先客はおそらく数十万円を請求されていたはずです。

紙一重の綱渡りでした。

潜入取材で見えた底なしの闇:薬物混入とテナント居座り

知恵と度胸があれば切り抜けられる、などと決して甘く見てはいけません。客引きの案内先には、暴力や心理戦すら通用しない絶対的な危険も潜んでいます。

草下氏の後輩ライターがインターナショナルバーへ潜入取材に入った際、提供されたドリンクに筋弛緩剤のような危険な薬物を混入される被害に遭いました。身体の自由を完全に奪われ、意識朦朧とするなかで財布も貴重品もすべて奪われ、路上へ遺棄されたのです。

数日間起き上がれないほどの重体となり、警察へ訴え出ても「自己責任」としてまともに取り合ってもらえませんでした。

さらに、店舗を貸し出すビルのオーナー側が巻き込まれる深刻なトラブルも起きています。

「日本人の女性が料理屋を開く」という名目で契約されたテナントに、後から内縁の外国人男性が入り込み、無断で悪質なぼったくりバーを開業した事例がありました。

ビルオーナーが「話が違う」と退去を求めても、相手側は人権派弁護士を立てて「人種差別だ」「契約上の不備はない」と徹底抗戦し、立ち退きを拒み続けたといいます。

店舗の契約段階から仕組まれた組織的な手口であり、一度足を踏み入れたら最後、個人の力で解決できる範疇を軽々と越えてしまいます。

実録潜入③:金属グローブのヤクザと粉砕された腕時計

キャッチに案内される店には、当然ながら暴力団や半グレといった「ケツ持ち」(トラブル処理や用心棒を担当する組織)が控えています。

ある日、Y君とキャバクラに入った際のことです。「1時間で退店する」と事前に伝えていたものの、話に夢中だったY君は終了の合図に気づかず、わずか5〜10分ほど時間を超過してしまいました。提示されたのは、数万円という法外な延長料金。

「出る旨は伝えてあったはずだ」と支払いを頑なに拒否するY君に対し、店長は奥へ下がり、告げました。

「人を呼ぶことになりますが、いいですか?」。

10分もしないうちに、地下の階段をけたたましく駆け下りる足音が響き、ドアが勢いよく開きました。現れたのは、20代後半の若いヤクザです。

ケツ持ちの男は威圧するため、Y君の目の前で「砂鉄グローブ」(打撃力を上げるためナックル部分に砂鉄が詰められた凶器)をはめ始めました。一気に張り詰める現場の空気。

しかし、相手は百戦錬磨のY君です。「客を殴る気か」とさらにヒートアップし、胸倉を掴み合う乱闘へと発展してしまいます。

その揉み合いの最中、Y君は周囲の死角を突いて自分の腕時計のベルトを自ら引きちぎり、床へ投げつけました。

「大切な時計をお前が壊したな! 兄貴分からもらった形見だぞ、どう弁償するんだ!」。

完全に形勢を逆転させ、逆に店側へ数十万円の弁償を迫り始めたのです。引き気味になるヤクザと、困惑する店長。

これ以上エスカレートすれば組織全体が動き、誰かの命が失われかねません。危険を察知した草下氏が間に入ってY君をなだめ、正規の1時間分の料金だけを支払って店を脱出しました。

帰り道、Y君からは「金を巻き上げられたのに、なぜ止めたのか」と文句を言われたそうですが、まさに命拾いでした。

この一件を最後に、草下氏はキャッチについていく遊びを一切やめたといいます。

夜の街を歩くあなたへ:最大の防犯は「関わらないこと」

いかがでしたでしょうか。

案内される先が連れ出しバーであれ、ギャンブル店であれ、インターナショナルバーであれ、共通しているのは「客側が圧倒的に不利な状況に追い込まれる」という点です。

運よく切り抜けられた話も、それは長年の経験や裏社会の嗅覚があってこその例外に過ぎません。

夜の街で安全に、そして楽しく過ごすためのルールは至ってシンプルです。

「路上で声をかけてくるキャッチには、決してついていかないこと」。

行きたい店があるなら、事前に信頼できるグルメサイトや口コミを自力で調べ、目的地へ直接足を運びましょう。ほんの少しの警戒心を持つだけで、防げるトラブルが無数にあります。