欲望の座標軸:元部門トップが明かす、ゴールドマン・サックス「過酷と熱狂」の17年


世界最高峰の投資銀行、ゴールドマン・サックス。

映画やニュースで耳にするその名前には、「選ばれし超エリート集団」「巨額のマネーを動かす冷徹なプロフェッショナル」といった眩しいイメージがつきまといます。しかし、その分厚いガラス扉の向こう側で、人々がどのような熱量で生き、どんな現実に直面しているのかを知る人は多くありません。

新卒から17年間にわたり同社に身を置き、最後は日本法人の部門共同責任者まで登りつめた田中渓。現在は約3,000億円の資産を運用する投資家でありながら、毎朝3時台に起きて走る「限界アスリート」、そしてラジオパーソナリティとしても活躍する異色の人物です。彼が語る生々しい現場のリアルから、外資系投資銀行の真の姿を紐解いてみましょう。


1. 異例のルートと「53回」の面接

そもそも、ゴールドマン・サックスとは何を生業とする会社なのでしょうか。

一般には「証券会社」や「投資銀行」と呼ばれます。株や債券などの金融商品を売買・仲介する証券業務に加え、企業の合併・買収(M&A)や資金調達を支援する投資銀行業務が二大看板です。しかし同社にはもう一つ、自社の資金を大胆に投じて直接ビジネスや企業へ投資する、いわば「秘密結社」のような投資部隊が存在します。
田中氏が足を踏み入れたのは、まさにその部隊でした。

同僚たちの顔ぶれは、東大や京大、ハーバード大学といった名門校の出身者ばかり。そんな中、田中氏のキャリアは異色でした。大学時代に立ち上げたシェアハウスのスタートアップで行き詰まり、「資金と肩書を得るため」という切実な理由で門を叩いたのです。

当然、選考は平坦ではありませんでした。
筆記試験をパスした後に待っていたのは、「幸せとは何か」を15人で議論させられるような答えのないグループディスカッション。さらには、配属先部署のメンバー20〜30人全員との面接です。外資系企業では人事部が一括採用するのではなく、配属先の現場が「一緒に働く仲間」を直接選び抜くためです。

1枠の採用枠を巡り、東大首席クラスの超エリートと競り合う中で面接は2周目に突入。最終的な面接回数は、実に53回に達しました。

結果は、見事合格。なぜ彼だったのでしょうか。決め手となったのは、ある意味で「不揃いな尖り」でした。

営業資料に顔写真を載せるような表舞台の部署なら、常に95点以上を叩き出す優等生が重宝されます。しかし、彼らの部隊はリスクを取って泥臭くリターンを狙う投資部門です。面接官はこう告げたといいます。
「普段は60点や70点かもしれないが、たまに200点を叩き出す爆発力がある。その可能性に賭ける」

ただし、その言葉には冷徹な一言が添えられていました。「失敗したら即刻クビだ」と。


2. 時給はハンバーガー並み? 狂乱のワークハード

入社後に待ち受けていたのは、常識を超えた労働環境でした。

1日18時間から20時間の勤務は当たり前。当時の初任給は年俸650万円でしたが、残業代のない環境で労働時間で割れば、時給換算でファストフード店のアルバイトと変わらない計算になります。

激務を支えるのは、異様なエネルギーです。

「どうせ朝4時まで働くのだから」と夜7時に一度会社を抜け出し、酒を飲んだり合コンに顔を出したりしてからオフィスに戻って朝まで働く。そんな豪傑たちが珍しくありませんでした。夜遅くまで働けば会社から25ドル、深夜12時を回ればさらに30〜35ドルほどの夜食代が支給され、高級焼肉の弁当などをデリバリーして胃袋に流し込む。

ストレスを食と酒で紛らわせ、激太りするか体を壊すか。田中氏自身も「このままでは命を削ってお金に変えているだけだ」と危機感を抱き、生活を180度改めるまではボロボロの状態だったと振り返ります。

外見へのこだわりも徹底していました。

六本木ヒルズのエレベーターに乗れば、仕立ての良い体にフィットしたスーツ、ピンと立ったシャツの襟、絶妙なボタンの開け具合で、誰がゴールドマンの人間か一目で分かります。「ウォール街の戦士」としての自意識に酔いしれ、誰もが尖った空気を纏っていました。

3. リーマンショックの嵐と、ノートに記された「×」

入社時、先輩たちからは「給料は倍々ゲームで増える。30歳で年収1億円を目指せ」と教えられていました。

しかし、運命は残酷です。入社翌年の2008年、リーマンショックが世界を襲いました。

業界全体が凍りつき、夢を語ってくれた先輩たちは次々と解雇。ボーナスはゼロ。気がつけば、部署に残されたのは最上層のボスと田中氏の2人だけでした。

未来を描く仕事などなく、来る日も来る日も巨額の損失を処理する後ろ向きな敗戦処理ばかり。そんなある深夜、田中氏は上司の机の上に開かれたままのノートを目にします。そこには部署のメンバーの名前が並び、自分の名前の横にははっきりと「×」の印がつけられていました。

「自分もクビになる」

目の前が真っ暗になる瞬間です。しかし、彼は腐るのをやめました。状況を打開するため、シンガポールやアメリカから送り込まれてきた海外幹部に目をつけたのです。
彼らは優秀ですが、日本語が話せません。そこで田中氏は現場の複雑な処理や実務を完璧に把握し、彼らの手足となって徹底的にサポートしました。「あいつは現場に欠かせない」と幹部たちに認めさせることで、絶体絶命の危機から生き残りを果たしたのです。


4. ドライな成果主義と、100億円でも怒る人間たち

「外資系企業」と聞くと、冷酷な人間関係を想像するかもしれません。しかし、実態は少し異なります。

社内コミュニケーションにおいて、ジェンダーや人種、文化的多様性への配慮は日本企業以上に厳格です。「その気持ち、分かるよ」といった安易な同調すら避け、「話してくれてありがとう」と相手を尊重する訓練が徹底されます。また、不正を通報する行為は「組織の火種を消す重要な貢献(ホイッスルブロワー)」とみなされ、報奨金が出る文化さえあります。

一方で、自己主張に関しては驚くほど率直です。

「自分は何歳までにいくら稼ぎたい」「なぜ成果を出した自分の評価が同僚より低いのか」。部下が上司に食ってかかる光景は日常茶飯事でした。日本の会社のような「上司の機嫌取り」や「曖昧な根回し」は通用しません。基準はシンプル。数字とファクトだけです。

成果を出せば報われる。出せなければ居場所はない。極めてフェアであり、同時に過酷な掟です。

そして、この世界にはどれだけの大金を手に入れても満たされない人々がいます。

かつて日本オフィスに、会社に2,000億円もの利益をもたらし、1年で約100億円(7,000万ドル)のボーナスを受け取った伝説的なトレーダーがいました。アメリカ本社のCEO以上の報酬です。ところが彼は、「俺が稼いだ額に対して少なすぎる」と激怒し、机を叩いて辞めていきました。
なぜ、一生遊んで暮らせるお金を手に入れても人は働き続けるのでしょうか?

ロールプレイングゲームに例えるなら、レベル42でラスボスを倒せるのに、飽き足らずレベル99を目指してスライムを狩り続けるような感覚かもしれません。あるいは、「隣のファンドのあいつはもっと貰っている」という際限のない嫉妬。数字がアイデンティティになった瞬間、ゲームには終わりがなくなるのです。


5. ダンボール箱の真実と、ゲームのその先へ

映画のワンシーンで、解雇された社員が私物を詰めたダンボール箱を抱えてオフィスを去る光景を見たことはないでしょうか。
あれは単なる演出ではありません。

機密情報やインサイダー情報(未公開の重要情報)を扱う投資銀行では、情報漏洩を防ぐため解雇通告は抜き打ちで行われます。別室に呼び出され、ティッシュ箱が置かれた部屋で通告を受けると、その場でセキュリティカードを剥奪。自席に戻ることすら許されず、そのままビルから退去させられます。私物は後日、会社の手で自宅へ郵送されるのです。

映画以上にドライな現実に直面しながら、田中氏は17年間サバイブし、部門の共同責任者にまで上り詰めました。

それでも彼が退職を選んだのは、「巨大な資本主義の座標軸」の中で戦い続けることに限界を感じたからでした。英語ネイティブとの見えない壁。そして何より、「自分でファンドを動かした方が、もっと自由に、スピード感を持って大きく稼げる」という確信があったからです。

現在、田中氏は数千億円規模の資産を運用するプロフェッショナルとして独立しつつ、ラジオの電波を通じて自身の言葉を届けています。

ゴールドマン・サックスという場所は、単なる高給取りのエリートが集まる場所ではありませんでした。それは、欲望と情熱、そして冷徹な資本主義の論理が極限まで濃縮された、まさに巨大な「人間劇の舞台」だったのです。