世界各地の裏社会を歩いてきた丸山ゴンザレス氏の取材現場からは、表のニュース報道だけでは見えてこない国際情勢や犯罪の実態が浮かび上がってきます。
「点」を繋いで見えた麻薬ビジネスの構造
テレビ番組『クレイジージャーニー』での取材を続けてきた丸山氏ですが、当初から世界全体の麻薬ネットワークを一本の流れとして追うことは容易ではありませんでした。原産国、中継地点、消費都市――これらを各地で個別の「点」として地道に取材し、最終的に一冊の本として「線」に繋ぎ合わせたのが著書『ナルコトラフィコ』です。
この取材から見えてくるのは、日本という市場の特殊性です。巨大市場であるアメリカや中国とは異なり、日本は中南米や東南アジアからの中継コストが上乗せされる「末端の島国」に過ぎません。
つまり、日本国内で流通する違法薬物は海外と比べて不条理なほど高額です。丸山氏は「薬物を買う行為は、海外の麻薬カルテル(組織犯罪集団)を私腹を肥やすための高額な買い物をさせられているに過ぎない」と指摘します。
密輸の手口も巧妙です。
人形の素材そのものに薬物を練り込む、犬の嗅覚をごまかすため辛いハラペーニョの瓶詰めに沈める、あるいはコンドームに包んで体内へ飲み込ませる「ボディパッキング」など、多岐にわたります。
これらを運ばされる運び屋の多くはプロではなく、借金で追い詰められた多重債務者たちです。
さらに近年は、わずかな量の化学原料から小規模な部屋でも製造できる合成麻薬「フェンタニル」の台頭により、摘発は一層難しくなっています。
表の報道と地下社会の乖離
ウクライナ情勢についても、地下社会では日本の一般的な報道とは異なる現実が語られていました。
丸山氏がヨーロッパで武器商人たちとお茶を飲みながら交わした雑談のなかで、商人は「ロシアが勝つ」と断言したといいます。
その根拠は前線の戦況ではなく、出回る「武器の流れ」でした。開戦前はロシア側から武器が流れていたものの、開戦と同時にロシアからの流出は途絶えました。
一方で、ウクライナ側からは開戦後も軍の武器が地下ルートへ横流しされ、武器商人を通じてヨーロッパの犯罪組織へ渡っていたというのです。
支援を受けながらも根深い国内の汚職構造が変わらない実態を、武器商人たちは極めてシビアに見ていました。
日常の片隅でも、地下ビジネスの冷酷な一面は垣間見えます。
ある居酒屋の片隅で、海外出稼ぎブローカーが「今回は100で売り切った」と話す場面に丸山氏は遭遇しました。
海外の闇バイトや詐欺拠点へ送り込まれる人々は、使い道に応じて「無事に戻す者」と「現地組織へ完全に売り飛ばす者」に選別されているといいます。
使い捨てにされた人間は、脱走しても拷問や死のリスクに晒され、国境沿いの川に遺体が流れ着くことも珍しくありません。
未解決の謎と地方の権力構造
日本国内の事件に関しても、報道されない不可解な事実が存在します。2001年の池田小児童殺傷事件で死刑が執行された宅間守には、獄中結婚した支援者の女性がいました。しかし死刑執行後、遺族として遺骨を受け取ったその女性は、骨を持ったまま忽然と姿を消し、現在も行方が分かっていません。稀代の凶悪犯の遺骨を手に入れること自体が目的だったのか、真相は今も闇の中です。
また、「日本を陰で操るフィクサー」の存在について、丸山氏は全国規模の黒幕には否定的である一方、地方都市には今も独自の権力構造が根強く残っていると語ります。
北海道の取材では、地元で強い力を持つ存在として「消波ブロック(テトラポッド)の製造業者」の名が挙がりました。
頑丈なコンクリートで固められ、荒波の下に何十年も沈められる構造物は、外から中身を確かめる術がありません。
都市伝説や噂話の域を出ないとはいえ、地方の公共事業やインフラが持つ独特の凄みを感じさせるエピソードです。
危険な現場を生き抜くための線引き
数々の過酷な現場を渡り歩いてきた丸山氏ですが、取材者としてのスタンスは一貫しています。
シャーマニズムの儀式で差し出される泥水のような薬物は、現地の文化を理解し受け入れられるために口にします。
しかし、薬物や犬の血液を飲むような要求に対しては、曖昧に笑ってごまかすのではなく、「自分はこれが嫌いだ」とはっきり意思表示を行います。
危険な相手だからこそ、迎合して仲間になるのではなく、取材者としての境界線を明確に引くことが身を守る最大の防壁になります。
裏社会の底辺から世界を見つめ続けてきた取材活動は、50代を前にして、国家の指導者や大企業のトップといった「表の権力者」へと視野を広げつつあります。
スラム街から見上げるだけでなく、社会を動かす頂点側から地下社会との繋がりを照らし直すことで、世界の本当の輪郭を掴もうとしています。