​『ちいかわ』と『ウシジマくん』――「かわいい」が現代社会を救う理由


『ちいかわ』と『ウシジマくん』――「かわいい」が現代社会を救う理由

最近、中年男性たちがこぞって『ちいかわ』を考察しているのを見かけます。

「資本主義の搾取構造を描いている」とか「格差社会の縮図だ」とか。小難しい理屈を並べては、なんだか偉そうに語り合っている。

正直、その「上から目線」の分析には少し違和感があります。同情するのも軽蔑するのも、どこか高い安全地帯から見下ろしているように思えるからです。

けれど、別の角度から眺めてみるとどうでしょう。

実はあの小さな世界には、分断が進む現代を生き抜くための、驚くほど強固な知恵が詰まっています。

日常系と闇社会が同居する世界

以前から私は、ほのぼのとした日常系作品と、社会の残酷さを突きつける『闇金ウシジマくん』のような作品を交互に楽しむタイプでした。

世の中の作品は、大抵どちらか一方に偏っています。家庭内の小さな幸せだけを描いて残酷さをきれいに排除するか、あるいは徹底的にドロドロとした裏側の絶望を描くか。光だけか、闇だけか。

ところが、『ちいかわ』はその両方を一つの鍋に放り込んで煮詰めてしまいました。

過酷な労働環境があり、理不尽な搾取や貧困があり、油断すれば怪異(キメラ)に襲われる。中身は驚くほどハードボイルドです。それなのに、全体が圧倒的な「かわいさ」で包み込まれている。

だから私たちは、息を呑むような現実を前にしても、恐怖で立ちすくまずに笑って受け止めることができます。

昼間から公園で酒を飲むおじさんを、どう見るか

たとえば、作中に登場する「くりまんじゅう」というキャラクター。

日雇い仕事をしては、外で柿の種をつまみにお酒をグッと煽って「ハーッ」と息を吐く。ただそれだけの存在です。

これと同じ光景を『ウシジマくん』の世界で描いたらどうなるでしょうか。公園のベンチで安酒をあおる薄汚れた中年男性と、それを軽蔑の目で足早に通り過ぎるOLたち――そんな救いのない場面になるはずです。

しかし、『ちいかわ』の世界では違います。

同じ行為をしているのに、くりまんじゅうはぬいぐるみになり、若い女性たちに「かわいい」と抱きしめられている。

この差は一体何なのでしょうか?

それは、「かわいい」という視点が持つ圧倒的な許容力です。

「かっこいい」人や「立派な」人は、一度失敗したりみっともない姿を晒したりすると幻滅されます。けれど「かわいい」存在は、失敗しても、泣いても、怒っても許されてしまう。「バカだなあ、しょうがないやつだな」と丸ごと受け入れられるのです。

道徳的に裁くのではなく、愛嬌で包み込んで共容する。これは一種の、強烈な包容力ではないでしょうか。

 「何者かにならなければ」という病

振り返れば、昭和の時代を生きてきた私たち大人は、常に「向上心を持て」「何者かになれ」と背中を叩かれ続けてきました。

「もっと上を目指せ」「現状維持で満足するな」。

しかし、承認欲求や果てしない欲望に取り憑かれすぎると、人は人間らしさを失い、怪物――作中でいう「キメラ」になってしまいます。

ちいかわたちは、決して意識の高い生き方はしていません。

ただ草むしりをして、友だちと同じラーメンを食べて、「おいしいね」と笑い合う。作中で「ずっと今日みたいな日が続けばいいのに」と願う場面がありますが、彼らにとっての幸せとは、劇的な成功ではなく「足るを知る」こと、ささやかな日常の反復なのです。

現代は、SNSの短い動画や過激なドラマで、脳が常に刺激的なドーパミンを求めがちな時代です。

そんな中で、誰かと公園のベンチに座ってぼんやり過ごすような、静かな安心感(セロトニン)を味わう感覚が麻痺してしまってはいないでしょうか。

大人たちは良かれと思って「もっと勉強しろ」「社会を変えろ」と若者に押し付けがちですが、本当に学ぶべきなのは、大人たちのほうかもしれません。

安全な城壁の外へ出よう

経営者や知識人の中には、炎上を恐れて安全な「城壁」の中に閉じこもり、外の世界を見下ろすだけで満足している人が少なくありません。

けれど、高い壁の内側にこもっていると、街で普通に暮らす人々の呼吸がどんどん分からなくなってしまいます。

だからこそ、たまには城壁から降りて、現場の空気の中に混ざってみる。

ちいかわを目線の上から「分析」するのではなく、同じ目線に立って一緒に「わァ…」と戸惑ってみる。

理解できない価値観に出会ったとき、正論で叩くのではなく、「かわいいフィルター」を通して眺めてみる。それだけで、刺々しかった世の中のトゲが、すっと丸くなっていくはずです。

白黒をつけて分断するのではなく、清濁あわせ呑んで調和する。

この泥臭くも愛おしい「かわいさの知恵」こそが、ギスギスした現代を生き延びるための、いちばん実践的な生存戦略なのかもしれません。