​バズの時代の終焉――編集者・箕輪厚介が語る「メディアの潮目」と成功の先の虚無


「年商〇億円」「バイアウトで巨額イグジット」——。

少し前までYouTubeやSNSを開けば、そんな言葉がタイムラインを埋め尽くしていました。けれど最近、そうしたギラギラした成功談に少し胸焼けしていませんか?

実は、発信者側であるはずのトップ経営者たちの間でも、ある静かな地殻変動が起きています。過激なSNSのリングから降り、あえてクラシックな「本(書籍)」というメディアへ戻る人が増えているのです。

YouTubeチャンネル『M&A BANK』に出演した幻冬舎の編集者・箕輪厚介氏の言葉を手がかりに、メディアの潮目の変化と、いま本当に求められている生き方・働き方のリアルを紐解いてみます。


「無名の一編集者」が仕掛けた、泥臭い突破力

いまや名物編集者として知られる箕輪氏ですが、そのキャリアの幕開けは驚くほど泥臭く、そして型破りでした。

新卒で入社した双葉社では、最初から編集部にいたわけではありません。配属は広告部。いわば雑誌の広告枠を売る営業マンです。そんな新人時代、世間を騒がせていた「秒速で1億円稼ぐ男」こと与沢翼氏の元へ飛び込みます。

目的は広告の営業でした。ところが、与沢氏から返ってきたのは「丸ごと自分の雑誌を作りたい。いくら出せばできる?」という予想外の逆提案。相場もわからないまま、箕輪氏はその場で「3,000万円です」と口にします。そして受注してしまったのです。

社内に戻れば当然の大反対。「そんな怪しい人物の雑誌なんて作れるわけがない」「そもそも半年から1年の準備期間が必要だ」。もっともな正論です。けれど彼は引き下がりませんでした。何度も社長室のドアを叩き、熱弁を振るい続けます。最後は「そこまで言うなら、お前が編集長をやれ」と押し切る形で、雑誌『ネオヒルズ・ジャパン』を立ち上げました。

出版の世界で、右も左もわからない新人がいきなり創刊編集長を務める。普通ならあり得ない話です。しかも発売当日に対象者が逮捕されるという、まるで映画のようなトラブルまで引き当てました。それでも雑誌は見事にヒットします。常識を疑い、目の前のチャンスに規格外の熱量で飛びつく。これが彼の原点でした。


人を見抜く力――堀江貴文の「30秒」と、見城徹の「手紙」

編集者として頭角を現した箕輪氏は、立て続けに大物たちを口説き落とします。面白いのは、相手の性質に合わせたアプローチの鮮やかさです。

たとえば、堀江貴文氏。

パーティー会場の立ち話、許された時間はわずか30秒。そこで彼が突いたのは、堀江氏の「自分の稼働(労力)を極端に嫌う」という徹底した合理主義でした。「過去のツイートを365個厳選して日めくりカレンダーにします」「いま勢いのある起業家へのインタビューを僕がまとめ、堀江さんは移動中に読んで一言コメントを寄せるだけで本にします」。どちらも本人の拘束時間はほぼゼロ。堀江氏はその場で「それやろう」と二つ返事で快諾しました。

一方で、幻冬舎の社長・見城徹氏への攻め方はまったくの正反対でした。

効率や合理性ではなく、義理や人情、魂の熱量を何より重んじる人物です。見城氏が「ネット越しに頼んでくるような奴は信用しない」と公言しているのを知るや、箕輪氏は長文の「手書きの手紙」を便箋に走らせます。ファンレターのような薄い褒め言葉ではありません。相手自身すら意識していないかもしれない細部のこだわりに光を当て、「あなたを誰よりも深く理解している」と真正面からぶつかりました。

相手が何を嫌い、何に心を動かされるのか。冷徹な観察眼と、相手の懐へ飛び込む熱量。この両輪が揃って初めて、人の心は動くのだと痛感させられます。


「最初から壊れているもの」は、もう壊れない

どれほど過激な発言をしても、なぜか決定的に失脚せず、重鎮たちからも可愛がられ続ける。その不思議な立ち回りについて、箕輪氏は「期待値コントロール」という興味深い表現を使います。

いわく、「最初から壊れているものは、叩かれても壊れない」。

ピカピカに磨き上げられた高級なガラスの花瓶は、わずかな衝撃でヒビが入り、破片が飛び散ります。人も同じかもしれません。「ちゃんとした立派な人」という看板を掲げるほど、周囲の期待値は跳ね上がり、たった一度の遅刻や失言で足元をすくわれます。

だからこそ、最初から過剰に取り繕わない。「自分は欠陥だらけの人間だ」という前提(低い期待値)を周囲に共有しておく。そうすれば、少し普通のことをしただけでも「お、意外と頑張っているな」と受け止められます。もちろん誰にでも真似できる芸当ではありませんが、完璧主義に縛られて息苦しさを感じている人には、肩の力を抜くヒントになるのではないでしょうか。


ビジネスSNSの「スラム化」と、静かなる「本」への回帰

さて、ここからが本題です。

いま、ビジネスコンテンツを取り巻く空気感がかつてないほど激変しています。

派手な演出、札束が舞うサムネイル、あえて敵を作って耳目を集める炎上マーケティング……。そうした刺激の強いコンテンツが溢れかえった結果、多くの人が「もうお腹いっぱいだ」と疲弊し始めています。
箕輪氏は、社会的な信頼を背負う「A面(上場企業の社長など)」と、尖った個性で売る「B面(インフルエンサーなど)」という言葉でこの状況を整理します。以前は、まともな社会のルールの中で生きる人々にとって、B面の型破りなインフルエンサーたちは面白い「カウンターカルチャー(対抗文化)」でした。しかし今や、そのB面が過激化し、ネット空間を覆い尽くしています。

結果として何が起きたか。

品性を欠いたオープンなSNSは、もはや健全な対話の場ではなくなってしまいました。そこで、良識ある本物の経営者たちが選んだのが「SNSをやめて、本に戻る」という選択です。

本というメディアには、現代において強力な「フィルター」が働きます。数行のポストと違い、1冊を読み通すにはお金も時間も、相応の知性と集中力(リテラシー)も必要です。だからこそ、誰彼構わずバズらせて変な炎上を招くリスクを避け、「本当にメッセージを届けたい優秀な採用候補者」や「志を同じくするビジネスパートナー」だけに深く届けることができる。
広く浅くばら撒く拡声器を捨て、価値のわかる相手へ手紙を届けるように本を編む。情報が軽薄に流れていく時代だからこそ、重みのあるメディアが再び信頼を取り戻しているのです。


イグジットの先にある「虚無」を、どう生きるか

最後に、動画の終盤で語られた「成功のその先」についての考察が深く胸に刺さります。

資本主義のゲームにおいて、会社の売却(イグジット)は大勝利のゴールテープのように見えます。汗水垂らして働く労働よりも、手に入れた莫大な資産を運用する側へ回ったほうが、経済的には圧倒的に効率が良い。かのトマ・ピケティが『21世紀の資本』で示した「資本収益率(r)は経済成長率(g)を上回る」という不等式、いわゆる「r > g」の世界です。

けれど、数字上のゴールに辿り着いた起業家たちを待ち受けているのは、往々にして深い虚無感(ミドルエイジクライシス)だといいます。

贅沢も遊びも一通り味わい尽くし、社会との繋がりがぷつりと切れたとき、強烈な孤独と退屈が襲いかかる。その虚無から逃れるため、あるいはうつ病を防ぐために、何億円もの資産を持ちながら再び泥臭い新規事業を立ち上げる人が後を絶ちません。

人はパンのみにて生きるにあらず、とはよく言ったものです。

どれほど欲望に忠実だった人間も、最後に行き着くのは「誰かに喜ばれたい」「社会へ何かを還元したい」というシンプルな願いなのだと箕輪氏は語ります。お金を稼ぐことそれ自体は、生きるためのチケットに過ぎません。そのチケットを使って、自分は誰と、どんな景色を見たいのか。

刺激的な数字やバズに振り回されがちな今だからこそ、立ち止まって「自分の本当の幸福」を問い直してみる価値がありそうです。