​【深層】「文章で稼ぎ、被害を返す」――頂き女子りりちゃん被害弁済プロジェクトはなぜ破綻したのか


世間を大きく騒がせた「頂き女子りりちゃん」こと渡辺真衣さん。懲役8年6ヶ月という重い実刑判決を受け、現在も刑務所で服役を続けています。

しかし、彼女が逮捕された直後、被害に遭われた方々へお金を返すための「前代未聞のプロジェクト」が水面下で動いていたことをご存じでしょうか?

犯罪被害への弁済といえば、本人の貯金を差し押さえたり、親族が肩代わりしたりするのが一般的です。しかし彼女の手元には、騙し取った大金も、頼れる資産も残っていませんでした。

そこで立ち上がったのが、逮捕前から彼女を知る作家の草下シンヤ氏、写真家の立花氏、そして志ある弁護士の3人でした。


「自分で稼いで返す」という挑戦

ことの発端は、逮捕前の草下氏との対話にさかのぼります。

当時の彼女には、自分が重大な罪を犯しているという自覚がほとんどありませんでした。そこで草下氏は「嘘をついて相手からお金を奪うのは詐欺であり、このままだと10年は刑務所に入ることになる」と真正面から伝えたのです。

その言葉で初めて事の重大さに気づいた彼女は、足を洗う決意を口にします。

やがて2023年に逮捕され、身柄を拘束された彼女のもとへ、草下氏らは手紙や面会で通い続けました。「反省とは何か」「被害者とどう向き合うべきか」を粘り強く問いかける中で、彼女の口から出たのが「被害者にお金を返したい」という言葉でした。
それなら、本気で手助けをしよう。3人の大人が動き出し、受け皿となる会社まで設立したのです。

プロジェクトの根底にあったのは、「誰かのお金に頼るのではなく、本人が働いて稼いだお金で返さなければ意味がない」という強い信念でした。

そこで目をつけたのが、彼女が持っていた独特の文章力です。有料記事を販売できるブログサービス「note」を使い、彼女が拘置所の中で綴った文章を発信することにしました。

結果は驚くべきものでした。

販売開始からわずか2ヶ月ほどで、売り上げは約300万円弱に達したのです。

このお金は、未納だった税金の納付と、被害者への弁済にすべて充てられました。支援に携わった大人たちは1円の報酬も受け取らず、収支を1円単位まで公に記録する徹底ぶりでした。

約8年半の服役中、彼女が文章を書き続け、少しずつでも被害を弁済していく。そうやって読者を増やし、誠意を示し続ければ、刑期を終えたときには社会も温かく迎えてくれるのではないか――。そんな希望に満ちた更生モデルが見え始めていました。

ここまでは、誰もが応援したくなる再起の物語だったはずです。


拘置所に届いた「甘い罠」

ところが、歯車は思わぬ方向へと狂い出します。

当時、彼女がいたのは判決確定前の被告人を収容する「名古屋拘置所」でした。刑務所と違い、まだ刑が確定していない未決拘禁の段階では、外部との手紙のやり取りが比較的自由に認められています。世間を賑わせた事件だったこともあり、彼女のもとには全国から大量の手紙が届いていました。

その中に、ある一人の男性がいました。
東京拘置所に収容されていたその男性から、週に何通も、便箋びっしりに熱烈なアプローチが届くようになったのです。

会ったこともない相手と、手紙だけで心を通わせる。隔絶された孤独な空間では、文字の温もりが何倍にも増幅されて心に刺さるのかもしれません。彼女は急速に、その男性との「文通恋愛」にのめり込んでいきました。

問題は、その男性の素性でした。

手紙には、実在する暴力団の組織名や「闇バイトを最初に作ったのは自分だ」といった言葉が並び、薬物や入れ墨の写真まで同封されていたといいます。どう見ても、裏社会に深く関わる人物でした。


壊すのは、一瞬

支援者たちは頭を抱えました。

誰を好きになるかは、本来なら個人の自由です。他人がとやかく口を挟む筋合いはありません。

しかし、このプロジェクトは「被害弁済」という極めて倫理的で、社会的信用のうえに成り立つ試みです。もし彼女が裏社会の人間と深く結びついてしまえば、「善意で買ったnoteの売上が、回り回って反社会的勢力に流れているのではないか」と疑われるのは避けられません。

「恋愛を取るか、それとも被害弁済を続けるのか。どちらかを選んでほしい」

草下氏らは、彼女自身の判断に委ねることにしました。無理やり別れさせたり、説教で押さえつけたりするのではなく、一人の大人として選んでほしかったからです。

しかし、返ってきた答えは残酷なものでした。

2024年12月26日。支援者の一人である立花氏のもとに届いた手紙には、こう殴り書きされていました。

「プロジェクトをやめたい」

「あなたたちを訴える」

そこには、彼女が普段使うはずのない難しい法律用語がぎっしりと並んでいました。明らかに、誰かに唆されて書いたとしか思えない文面でした。

あまりにもあっけない幕切れでした。

支援者たちに怒りはありませんでした。ただ、心血を注いできた試みが一瞬で水泡に帰した虚しさと、「少しでも被害金が戻ってくるかもしれない」と期待していた被害者への申し訳なさだけが残りました。


人を支えるということの難しさ

信頼関係を築き上げるには、何ヶ月、何年もの時間がかかります。しかし、それが崩れ去るのは本当に一瞬です。

彼女はなぜ、自分を救おうとしてくれた温かい手を振りほどき、怪しい影を持つ男性のもとへ引き寄せられてしまったのでしょうか。

孤独の深さゆえか、それとも誰かに強く依存せずにはいられない心の弱さだったのか。安全な場所から正論を言うのは簡単ですが、人の心の綾はそれほど単純ではありません。

一度壊れてしまったプロジェクトを、元の形に戻すことはもうできないでしょう。裏切られた被害者や社会に対する説明がつかないからです。

けれど、過ちを犯した人間がもう一度やり直そうともがく姿そのものを、大人は完全に見放すべきなのでしょうか?

すべてが白か黒かで割り切れないからこそ、人は過ちを繰り返し、そして更生への道のりもまた、途方もなく険しいものになるのかもしれません。