「馬に乗ってテニスをする」「ひとりでダブルスをやる」――。
文字だけで見ると、思わず「一体どういうこと?」と目を疑ってしまいますよね。けれど、漫画『テニスの王子様』のページをめくっていると、なぜかその圧倒的な熱量に引き込まれ、気づけば拳を握りしめて応援してしまう。そんな不思議な体験をしたことがある人は少なくないはずです。
2026年9月、約27年におよぶ長い連載を経て『新テニスの王子様』が堂々の完結を迎えました。その記念として公開されたのが、ホロライブ所属のVTuber・一条莉々華さんと、原作者・許斐剛先生による特別な対談動画です。20年来の熱烈なファンである一条さんが切り込むインタビューからは、常識を鮮やかに打ち破り続けてきたヒットメーカーの、泥臭くも真摯な創作哲学が浮かび上がってきました。
「ありえない」を形にする、プロの意地
テニプリといえば、時にSNSで「もはやギャグ漫画なのでは」と面白おかしく切り取られるほどの奇想天外な演出が有名です。しかし許斐先生にとって、それは単なる思いつきの悪ふざけではありません。
根底にあるのは、「予定調和を壊す」という強い信念です。
せっかくのフィクションなのに、誰もが見たことのあるような無難な展開を描いても読者はワクワクしない。だから先生は、まず「絶対にありえない状況」を探すところから物語を組み立てます。普通の作家なら「そんなバカな」とゴミ箱に捨ててしまう突拍子もないアイデア。そこに何日も頭をひねり、説得力を持たせる理屈を積み重ねていくのです。
ただし、どんなに常識外れな描写であっても、絶対に譲らない一線がありました。「ボールとラケットを持ち、ネットを挟んで向かい合う」というテニスの根本ルールだけは必ず守ること。
ルールという土台があるからこそ、その上で繰り広げられる破天荒なドラマが成立するわけです。
ちなみに、そんな先生でも「さすがにやりすぎた」と没にした幻のプロットがあったそうです。それが「宇宙人編」。地球人の戦闘力を測りに来た敵がテニスでボコボコにされ、最後はUFOで連れ去られる……という筋書きだったとか。読者としてはちょっと見てみたい気もしますが、先生のストッパーが働いてくれて正解だったのかもしれません。
キャラクターを「自分の力」で愛し抜く
『テニスの王子様』の大きな魅力といえば、何といっても多彩なキャラクターたちです。
完璧なイケメンとして生み出された四天宝寺の部長・白石蔵之介。しかし先生は、彼をただの美男子にはしたくなかったと言います。手塚や幸村といった絶対的なカリスマたちと肩を並べさせるため、あえて少しズレた言動をさせたり、完璧主義者ゆえの焦りや泥臭さをどう描くか、試行錯誤を繰り返しました。
また、『新テニ』から登場した高校生たちも同様です。連載当初、中学生たちの活躍を期待していた読者からは、どうしても反発の声が上がりました。「先輩たちに出番を奪われた」と感じるファンもいたはずです。
人気だけを追うなら、中学生だけをメインに据え続ける道もあったでしょう。でも、先生は逃げませんでした。
「まず、自分自身が彼らを誰よりも好きになろう」
そう覚悟を決めた瞬間から、キャラクターの深みと演出のキレが一気に覚醒したと先生は振り返ります。舞台化やアニメ化を通じて「彼らはおじさんではなく、頼もしくて格好いいお兄さんたちなんだ」と読者に伝えるために、自らの手で彼らに命を吹き込んでいったのです。今や高校生たちも、作品に欠かせない大人気キャラクターとなりました。
伏線という名の、読者への「ギフト」
対談の終盤、一条さんからの質問によって明かされた不二周助と手塚国光のエピソードは、長年のファンにとって特に胸を打つものでした。
手塚が試合を途中で止めたのは、自分が不二の「道標」になることを拒絶し、不二自身のテニスに向き合わせるためだったこと。そして、代表決定戦で不二がリョーマに託した「希望の光」。
当時、不二が敗れたことに対して読者から多くの厳しい声が届いたそうです。しかし先生の頭の中には、すでに何年も先を見据えた緻密な伏線が引かれていました。すべての技を失ったリョーマの肩に、最後にそっと手を置くのは誰であるべきか。その答えが、不二だったのです。
目先の勝敗ではなく、物語全体を通してキャラクターの誇りと絆をどう描ききるか。そこには、27年間をキャラクターと共に生きてきた作者の深い愛情が詰まっていました。
まだ、彼らの試合は終わらない
約50分にわたる対談の締めくくりに、許斐先生は「締め切りがなくなるのは27年ぶり」と笑いながらも、アニメや各種企画がまだまだ控えており、「全然終わった感覚がない」と語ってくれました。
読者を驚かせたい、楽しませたいという純粋なサービス精神。そして、生み出したキャラクターたちを誰よりも大切に信じ抜く誠実さ。
『テニスの王子様』が四半世紀を超えて愛され、今なお多くの人の心を熱く揺さぶり続ける理由が、この対談にはぎゅっと凝縮されています。完結の寂しさを抱えているファンも、まだ読んだことがないという人も、ぜひもう一度コミックスを開いてみてください。きっとそこには、想像をはるかに超える「本気のテニス」が広がっているはずです。