にわかファンより往年のファン


「キヤノン、新社長に小川氏―御手洗氏は会長CEOに専念」

半年ほど前、目に飛び込んできたこのニュースをさすがに素通りできなかった。私は50歳過ぎにして着々と社長の引き継ぎを進めている真っ最中だ。一方で、御手洗冨士夫さんは90歳。お会いしたことはないけれど、私が社会に出た時からすでに社長で、たお実質的なトップである会長CEOに専念することにも驚いた。

ちなみに、脊髄反射で長期政権や高齢を否定する人は多いけれど、キヤノンは直近の業績で2期連続で過去最高売上を更新、大幅な増益も達成、株価も過去最高水準に近いところで推移している。かつてのデジカメ、プリンターの爆発的ヒットからの山谷を乗り越えたと思うと、御手洗さんの手腕が見事というほかはない。

この話は弊社の取締役会でも話題になった。我々がやろうとしている早めのサクセッションとは真逆の動きにもかかわらず、結果が出ていることをどう解釈して良いか分からずにいると、社外取締役の元ネスレ日本社長の髙岡浩三さんがこう言った。

「キヤノンの株主総会に行くと御手洗さんファンのご高齢の方々がようさん来てはるんですよ」

その言葉を聞いて、腑に落ちた。

私も毎年株主総会の議長を務めているけど、会場には年配の方が多い。日本では金融資産の多くを高齢者が持つとされているので納得がいく。その年齢層の株主の多くが御手洗さんのファンであり、応援し、その活躍に自分も元気づけられているとしたら、それも合点がいく。

株のプロ中のプロでさえ

私もABEMAの開局以来、将棋の藤井聡太名人には最年少の話題性などでずいぶん助けられてきた割に、なぜか自分と年齢が近い羽生善治さんを応援してしまう。そのことを対談した時に羽生さん本人に伝えると、「いわゆる中年の星ということでしょう」と返ってきた。どの世界でもまだ若い世代に負けないでという往年のファンからの応援が存在するのだろう。往年のファンというものは心強い。芸能人やミュージシャンの世界でも、どれだけ知られているかより、長きにわたって応援してくれるコアなファンの数が、長期間活動する上で重要とされる。

上場企業の株主形成においても、にわかファンがいくら増えても、一時的な株価の上昇は経営にとってはほとんど意味がない。一方で、往年のファンのような株主は、短期的な不調、不遇、逆境に揺らぐことなく、長く支えてくれる。

私は上場企業歴26年だ。26年間、1日も欠かさず、来る日も来る日も自社の株価の変動を見てきた。そこから学んだことは、中長期で株を保有し応援してくれる株主をすごく大事にしなければならないということである。ただ、長年見てきても、株について間違いないと思えることは、それくらいかもしれない。

2000年にサイバーエージェントが新規上場するとき私は26歳だった。起業して2年、あまりのスピードで物事が進んでいたので、私は株を買った経験すら無いまま上場企業の社長となった。上場の日、主幹事証券会社に行くと、初めてご挨拶する常務だったか、専務だったかの役員の方がこう言った。

「いやー、株っていうのは本当に分からない!」

この言葉に衝撃を受けた。おそらく新卒で大手証券会社に入社し、常に株式市場とともに歩み、あらゆる部署で数多くの修羅場に揉まれて結果を残し、厳しい出世競争を勝ち抜いて役員になったことだろう。株に関してはプロ中のプロのはずだ。そんな人でも、株が分からないだなんて。

しかも冗談ではなく本心に聞こえた。つまりは、株に人生を捧げた人でさえ、株というのはよく分からないというのが結論と見ていいだろう。この時、そう解釈したにもかかわらず、上場直後からのネットバブル崩壊で私はうろたえた。

怪しげなコンサルにも

株価が急降下し、大勢の人に損をさせ、評判も悪くなり、営業や採用にも影響があって手につけられない。なんとか株価を上げられないかと奔走した。1日に何件もアポイントを入れて機関投資家に説明し、メディアの取材を積極的に受け、個人投資家向けに説明会を開き、とにかく会社の将来性を伝えようと必死だった。

だけど株価は一向に上がらない。それどころか逆に下がっていく。一体どうすれば良いのか分からず、実際に株を売買する投資家に、どうしたら良いか聞いてみた。

「すぐに黒字化させるべき」「赤字でいいからもっと投資すべき」「自社株買いすべき」「将来ビジョンを示すべき」。返ってくる答えはみんなバラバラで、真反対のことを言われることも多かった。結局、売買している人もそれぞれの主観や想像に過ぎないのだ。

低迷し続ける株価とそれに伴う批判に耐えきれず、さらに追い込まれた私は、怪しげな株価コンサルタントを自称する人にも、どうしたら株が上がるか相談した。そこで聞いた話は、まるで弱った人の心につけ込むペテン師のようだった。ここでようやく目が覚めた。上場の時、証券会社の役員から聞いた言葉を思い出したのだ。あの人ですら分からないのに、この自称コンサルタントに分かるはずがないと。

その数ヶ月後、楽天の三木谷浩史社長から「信念を貫けよ」と言われてハッとした。中長期で会社を経営してるんだから、中長期で企業価値を上げていくしかないんだと。そのために必要なのは中長期で応援してくれる株主であり、短期的に売買して騒ぐ人を相手にしていても仕方ない。

それ以降、毎年の株主総会では、締めの言葉で必ずこう言っている。

「当社は中長期で企業価値を上げるべく経営している会社です。ぜひ株主の皆さまも中長期で応援して下さい」

私は社長を退いたけど、それは誰か1人の人間に依存するのではなく、長期にわたって会社を繁栄させるためにやったこと。株主の皆さまも、サイバーエージェントという会社を長期スタンスで応援してくれますように。


【文章の構成解説・ポイント】
 1. **導入:キヤノンの人事ニュースから得た気づき**
   * 90歳の御手洗氏がCEOに専念し好業績を上げ続けるキヤノンの事例を挙げ、社外取締役の言葉から「長年のファン(株主)に支えられている強み」を考察。

 2. **展開①:「往年のファン」の重要性と株主形成**
   * 将棋の羽生善治氏への応援やエンタメ業界を例に引き、「一時的なにわかファン」よりも「長期的・過渡期でも揺らがない往年のファン」こそが企業経営においても重要であると持論を展開。

 3. **展開②:26歳での上場とネットバブル崩壊の苦悩**
   * 上場初日に証券会社の役員からかけられた「株は本当に分からない」という一言の衝撃回想。
   * バブル崩壊後、株価低迷に迷走し、投資家のバラバラな意見や「怪しい株価コンサルタント」に頼りそうになった過去の失敗談を吐露。

 4. **結び:信念の確立と中長期経営へのメッセージ**
   * 楽天・三木谷氏の一言で「中長期での企業価値向上」に目覚め、以降は一貫して長期的な姿勢で応援してくれる株主を大切に経営してきた経緯を結びとしている。