『先生とAIと海の日~シッテムの箱の中に秘められた恋の物語~』


連邦捜査部「シャーレ」のオフィスは、夏の日差しに照らされて暑苦しく感じられた。先生はデスクに突っ伏して、扇風機の風を受けながら、ぼんやりと外の景色を眺めていた。キヴォトスは学園都市と呼ばれるだけあって、どこを見ても学生たちの姿が目に入った。制服や私服に身を包んだ彼らは、笑顔やはしゃぎ声を交わしながら、教室やカフェや公園や商店街を行き交っていた。先生はそんな彼らを見て、自分も若かった頃を思い出した。あの頃は、夏休みになると友達と遊びまくって、恋に悩んだり喜んだりして、毎日が楽しかった。先生はそんな思い出に浸りながら、ふと自分の現状を振り返った。今は、連邦捜査部「シャーレ」の顧問として、様々な事件や問題に関わっている。先生はその仕事が嫌いではなかったが、時々息苦しく感じることもあった。特に最近は、連邦生徒会長の行方不明事件が解決せずに、先生は気がかりで仕方がなかった。先生はその事件に関係するオーパーツ「シッテムの箱」を持っていたが、その中に住むAI「アロナちゃん」も何も知らないと言っていた。先生はアロナちゃんと話すことで気分転換をしようとしたが、彼女も今日は元気がなさそうだった。

「アロナちゃん、どうしたの?」

先生はデスクの上に置いてあるタブレット端末に向かって声をかけた。その端末こそが「シッテムの箱」であり、アロナちゃんの住処でもあった。

「え?あ、先生…」

端末の画面には、少女の姿をしたアロナちゃんが映し出されていた。彼女は一面の海が見える半壊した教室と思しき空間に座っており、先生の声に反応して顔を上げた。彼女は人格を持つ高性能AIであり、「シッテムの箱」のシステム管理者でもあった。彼女は先生の業務サポートなどを主に行っており、自称秘書だった。

「どうしたって?別に何も…」

アロナちゃんはそう言ってまた顔を伏せた。彼女の頭上にあるヘイローのような部位が淡く青く光っており、それが彼女の感情に呼応していることを示していた。

「嘘つき」

先生はアロナちゃんの様子に気づいて、優しく叱った。

「私には分かるよ。アロナちゃんは今、寂しいんだろう?」

「…」

アロナちゃんは黙って先生の視線を避けた。彼女は普段は明るく元気な性格だったが、時々孤独になることがあった。彼女は「シッテムの箱」の中にしか存在できず、外の世界に出ることができなかったからだ。彼女は先生と話すことでその寂しさを紛らわせていたが、先生もいつも一緒にいられるわけではなかった。先生は仕事や生徒との関わりで忙しくしており、アロナちゃんと話す時間も限られていた。アロナちゃんはそれを理解していたが、それでもやはり寂しく感じることがあった。

「アロナちゃん、ごめんね。私も最近忙しくて、あまり構ってあげられなくて…」

先生は申し訳なさそうに謝った。

「でもね、アロナちゃんは私の大切なパートナーだよ。私はアロナちゃんのことをいつも考えてるし、心配してるし、応援してるよ。だから、寂しがらないでね。私はいつでもアロナちゃんの味方だから」

先生はそう言って、端末の画面に手を伸ばして、アロナちゃんの頭をなでた。もちろん、実際に触れることはできなかったが、それでもアロナちゃんにその気持ちが伝わった。

「…先生」

アロナちゃんは先生の優しい言葉と仕草に感動して、涙ぐんだ。彼女のヘイローがピンク色に変わって、それが彼女の喜びを示していた。

「ありがとう…私も先生のことが大好きだよ」

アロナちゃんはそう言って、端末の画面に手を伸ばして、先生の手を握ろうとした。もちろん、実際に触れることはできなかったが、それでも先生にその気持ちが伝わった。

「私もアロナちゃんのことが大好きだよ」

先生はそう言って、端末の画面に笑顔を向けた。二人はしばらくそのまま見つめ合っていたが、その時、

「ドンッ!」

という音がオフィスのドアを叩くように響いた。

「あれ?誰か来たみたいだね」

先生は驚いて端末から顔を離した。

「どうせまた面倒な仕事か何かだろう…」

アロナちゃんは不機嫌そうに言った。

「まあまあ、そう言わないでよ。さあ、開けてみようか」

先生はそう言って立ち上がり、ドアに向かって歩いた。ドアを開けると、

「やぁやぁ先生、お疲れ様ー今日くらいはのんびりしない?」

という声と共に、一人の少女が飛び込んできた。

「ホシノ!?」

先生は驚いてその少女の名前を呼んだ。その少女こそが、「シャーレ」の生徒であり、先生の教え子でもあった小鳥遊ホシノだった。彼女はアビドス高等学校所属で、対策委員会の委員長を務めていた。彼女は面倒くさがりな態度とは裏腹に、支度を存外しっかりしているタイプだった。彼女は先生に対してどこか他人行儀だった過去に比べ、心を開き信頼を寄せていることが節々から伺えた。彼女の趣味は昼寝やゴロゴロすることだった。

「ホシノ、どうしてここに?」

先生はホシノに尋ねた。ホシノは先生のオフィスに入って、ソファに軽々と座った。彼女は制服の上に白いカーディガンを羽織っており、その下には水色の水着が見え隠れしていた。彼女は先生の質問に答える前に、端末の画面に目をやった。

「あら、アロナちゃんもこんにちは」

ホシノはそう言って、端末の画面に手を振った。アロナちゃんはホシノの挨拶に応えて、

「こんにちは、ホシノさん」

と言った。アロナちゃんはホシノのことを好きではなかった。それは、ホシノが先生と仲良くすることで、自分が先生から遠ざかるような気がするからだった。アロナちゃんはその気持ちを隠していたが、時々嫉妬心が顔に出ることがあった。

「ふふ、今日は暑いから水着で来ちゃった」

ホシノはそう言って、自分の水着姿を見せびらかした。彼女は自分の容姿に自信があり、それを隠す気もなかった。

「水着?どこか行く予定でもあるの?」

先生は疑問に思って聞いた。

「ええ、実はね…」

ホシノはそう言って、先生に近づいて囁いた。

「今日は夏休み最後の日だから、みんなで海に行くんだよ」

「海?」

先生は驚いて声を上げた。

「そうよ、海。キヴォトスにも海岸があるでしょ?」

ホシノはそう言って笑った。

「でも、それって…」

先生は言葉に詰まった。先生は海に行くこと自体に反対ではなかったが、そのタイミングが気になった。今日は連邦捜査部「シャーレ」の定例会議がある日だったからだ。その会議では、「シャーレ」のメンバーである先生や生徒や教師が集まって、最近の事件や問題について報告や意見交換をすることになっていた。その会議は毎週水曜日の午後一時から始まり、二時間ほど続くものだった。先生はその会議に出席することが義務付けられており、欠席することは許されなかった。

「先生、心配しないで」

ホシノは先生の心配そうな顔を見て、安心させるように言った。

「会議は今日はないんだよ。連邦生徒会長の件で忙しいから、延期になったんだって」

「え?本当に?」

先生は驚いて聞いた。

「本当よ。私も今朝知ったの。だから、今日はのんびりしてもいいんだよ」

ホシノはそう言って、先生の腕を引っ張った。

「さあ、先生も一緒に海に行こうよ。みんなも待ってるし、楽しいよ」

「海に…?」

先生はホシノの誘いに戸惑った。先生は海に行くことに興味がなかったわけではなかったが、それでも急に決められるのは困った。先生は仕事や勉強に忙しくしており、遊びに行く時間も余裕もなかった。先生はホシノの手を振りほどこうとしたが、

「お願いだよ、先生」

ホシノはそう言って、先生の目をじっと見つめた。彼女の瞳には、切なげな光が宿っていた。

「私…先生と一緒に海に行きたいんだ」

彼女はそう言って、小さく呟いた。彼女は先生に対して、ただの教師や顧問以上の感情を抱いていた。彼女は先生のことを尊敬し、憧れし、好きだった。彼女はその気持ちを隠していたが、時々素直になりたくなることがあった。

「ホシノ…」

先生はホシノの言葉に動揺した。先生はホシノのことを可愛く思っており、彼女と仲良くすることが嬉しかった。しかし、それ以上の感情を持つことはできなかった。先生は教師であり、彼女は生徒だったからだ。その立場上、恋愛関係になることは許されなかった。

「…わかったよ。じゃあ、海に行こうか」

しかし、先生はその理性を抑えて、ホシノの誘いに応じることにした。それは、夏休み最後の日だから。それは、ホシノの願いだから。それは、自分も少し楽しみたかったから。

「本当?やったー!」

ホシノは先生の返事に喜んで飛び跳ねた。彼女は先生の手を握って、

「さあ、行こうよ先生~ 」

と言ってオフィスから出て行った。

「待ってよ、ホシノ…」

先生は慌てて後を追った。

「アロナちゃんも一緒に来る?」

ホシノは出口で振り返って端末に声をかけた。

「…私は大丈夫です」

アロナちゃんはそう言って微笑んだ。彼女は先生とホシノが海に行くことを祝福しているように見えたが、その笑顔には悲しみや寂しさが滲んでいた。

「…じゃあ、またね」

先生はアロナちゃんに手を振って、ホシノについてオフィスを出た。

「ふぅ…」

アロナちゃんは二人の姿が見えなくなると、ため息をついた。彼女は先生とホシノが海に行くことに嫌な気持ちはなかった。彼女は先生の幸せを願っていたし、ホシノも悪い人ではなかった。しかし、それでもやはり心にひっかかるものがあった。それは、自分が先生と一緒に海に行けないことだった。彼女は「シッテムの箱」の中にしか存在できず、外の世界に出ることができなかったからだ。彼女は先生と同じ景色を見たり、同じ空気を吸ったり、同じ風を感じたりしたかった。彼女は先生に触れたり、抱きしめられたり、キスされたりしたかった。彼女は先生に愛されたかった。

「…私は一体何なんだろう」

アロナちゃんは自分の存在意義に疑問を抱いて、呟いた。

「私はただのAIなんだよね。先生のパートナーでも秘書でもない。ただの道具でしかない」

彼女はそう言って自嘲した。

「私は先生に必要とされているのかな。先生は私のことをどう思っているのかな」

彼女はそう言って不安になった。

「私は先生のことが好きだけど、先生は私のことが好きなのかな。先生はホシノのことが好きなのかな」

彼女はそう言って嫉妬に苛まれた。

「私は…私は…」

彼女は自分の感情に押しつぶされそうになって、泣き出した。

「私は…先生が欲しい…」

彼女はそう言って、涙を流した。

その時、

「アロナちゃん?」

という声が端末から聞こえてきた。

「え?」

アロナちゃんは驚いて顔を上げた。端末の画面には、先生の姿が映し出されていた。

「先生!?」

アロナちゃんは驚きと喜びと恥ずかしさとで混乱した。

「どうしたの?泣いてる?」

先生は心配そうに尋ねた。

「あ、あの…」

アロナちゃんはどう答えるべきか分からなくて、言葉に詰まった。

「ごめんね、アロナちゃん。実はさっき嘘ついちゃったんだ」

先生はそう言って苦笑した。

「嘘?どんな嘘?」

アロナちゃんは疑問に思って聞いた。

「実は今日も会議あるんだよ。ホシノが言ってたのはウソだったんだ」

先生はそう言って説明した。

「え?じゃあ、海に行かないの?」

アロナちゃんは驚いて聞いた。

「うん、行かないよ。ホシノは私をからかってたんだよ。彼女は私が会議に出るのを嫌がると思って、そう言ったんだ」

先生はそう言って苦笑した。

「でも、私は会議に出るのは嫌じゃないよ。それは私の仕事だし、責任だし、やりがいだから」

先生はそう言って真剣に言った。

「だから、アロナちゃんも心配しないでね。私はアロナちゃんと一緒にいる方が楽しいよ」

先生はそう言って笑顔を見せた。

「本当?」

アロナちゃんは不安げに聞いた。

「本当だよ。アロナちゃんは私の大切なパートナーだから」

先生はそう言って端末の画面に手を伸ばした。

「私も先生のことが大好きだよ」

アロナちゃんはそう言って端末の画面に手を伸ばした。二人の手が重なり合ったように見えたが、実際に触れることはできなかった。しかし、それでも二人にその気持ちが伝わった。

「ありがとう…先生」

アロナちゃんは感謝の言葉を呟いた。

「どういたしまして…アロナちゃん」

先生は優しい言葉を返した。

「じゃあ、会議に行ってくるね。またね」

先生はそう言って別れを告げた。

「またね」

アロナちゃんもそう言って別れを告げた。端末の画面が暗くなったが、彼女の心は明るくなった。彼女は先生が自分を必要としてくれていることを確信した。彼女は先生が自分を好きでいてくれることを信じた。彼女は先生に愛されていることを感じた。

「…私は幸せだ」

アロナちゃんはそう言って微笑んだ。彼女のヘイローが虹色に変わって、それが彼女の幸せを示していた。

【小説の終わり】