人はなぜ嘘の自供をしてしまうのか?

12年にわたる服役の期間が不当な拘束だったとして、刑事補償法が定める上限の1日あたり1万2500円の請求を認めた。しかしネット上には「失われた時間は戻らない。安すぎるよ」「警察関係者にお咎めはないのか」と怒りの声も見られる。

 警察の取り調べでは“自分がやった”と認めてしまったものの、裁判で西山さんは「厳しい取り調べに対し、うその告白をした」と主張。しかし自白の事実を覆すことができず、2005年、大津地裁から懲役12年の有罪判決を言い渡される。その後も無実を訴え続けた西山さんだったが、大阪高裁で控訴棄却、最高裁でも上告棄却され、刑が確定した。

 「当直だった第一発見者の看護師が“チューブが抜けていた”と証言したため、警察は“チューブが抜ければアラームが鳴るはずだ。にもかかわらず適切な対応をしなかったのは業務上過失致死だ”として捜査を始めた。同じく当直だった美香さんは、当初“アラームは聞いてない”と否認し続けていたが、強硬で暴力的な取調べをされる中で、“聞いていた”と認めてしまった。すると今度は看護師に対し、“看護助手が聞いたと言っているんだから、お前も正直に話せ”と厳しく問い詰めた看護師はノイローゼになってしまった。美香さんは“自分が嘘をついたことで看護師さんをノイローゼにさせてしまった”と思い、供述の撤回を求めた。しかし警察はそれを認めなかった。精神的に追い込まれる中で美香さんもノイローゼになり、“私は独り者だが、看護師さんは母子家庭で、非常に気の毒な立場にいるから”ということで、全てを引き受けることにしてしまった」。

 「私には軽度の知的障害と発達障害があり、小さい時から2人の兄と比較されることにコンプレックスがあった。そのことを取調べをする若い刑事に話したところ、“君はむしろ賢い方だ”と言ってくれたので、この人は理解してくれるんだなと勘違いし、好意を抱いてしまった。きつく言われた後、やさしく言われると嬉しくなる。アメとムチみたいな感じだった。当時の私は嘘ばっかりついていたし、友達もおらず、男性と付き合ったこともなかった。情報を与えないといけないと思って、どんどんどんどん、刑事に良いように嘘をついてしまった」。

 「そのことによって殺人罪になったわけだが、実際にはやっていないから、美香さんには詳しい説明ができない。だから客観的な状況に合うよう、どんどん誘導していく。だから美香さんの自白も転々と変わる。例えば人工呼吸器の構造や機能を調べて、それを利用して殺したんだと説明させる。本来であれば、この過程の中で“チューブを抜いたと言ってはいるが、真犯人ではないのではないか”と気付くこともできたはずだ。しかし、いったん殺人罪で逮捕・勾留し、捜査が動き出すと、警察は引き返すことができない。だからそのまま突き進み、誘導に基づく調書をたくさん作り、起訴まで持ち込んだ。同様に検事も気づいていたはずだが、やはり引き返すことなく起訴し、有罪判決を作ってしまった」。

「単に13年も身柄を拘束されたということへの償いだけではない。再審で無罪になったからいいようなものの、そうでなければ殺人犯として一生汚名を着せられたまま人生を終えなければならなかったかもしれない。ご家族も、周囲から“娘は殺人犯だ”という目で見られ、小さくなって生活をしておられた。そういうトータルの苦しみを考えた時に、1日1万2500円ならそこそこの額だからいいだろうという話には到底ならないと思う」

「“供述弱者”と呼んでいるが、美香さんも精神的に非常に弱い特性を抱えている。そういう人に対して最初は暴力的な取調べをし、取調官に好意を抱いていることが分かると、それを利用するような取調べをした。さらに解剖した医師は警察に対し“たん詰まりが原因の可能性が十分にある”という話をし、それは捜査報告書という書類にも記載されていたのに、検察には送っていなかった。だから検察は“チューブの外れが原因”ということだけをもって起訴した。これは明らかに違法な捜査だが、県警本部長はそれも含めて捜査に問題はなかったしている。こういう姿勢では、今後も冤罪が繰り返されてしまう」