【藤田 晋】新たなる挑戦、次なる野望


I N T E R V I E W

藤田 晋 代表取締役社長兼CEO(FC町田ゼルビア)

新たなる挑戦、次なる野望

J2優勝を果たし、J1に初挑戦している町田。

18年よりFC町田ゼルビア取締役に就任し、変革と強化をバックアップしてきた藤田晋代表取締役社長兼CEOの存在抜きに“未来”は語れない。

J1元年とその先へ、同氏はどんなビジョンを描いているのか。

その胸中を聞いた。

J2は脱した。スタート地点に立った感覚

――昨季は「強いゼルビアで振り向かせる。最優先事項は勝てるチームを作ること」がクラブ全体の方針でした。

「とにかく昨季はJ2を脱することに一点集中していました。そのためにも、『まずはJ1にいくことにリソースを集中させよう』と黒田剛監督や強化部に伝えていました。今季からJ1を戦えるので、リスタートというか、スタート地点に立った感覚です」

 

――今季のクラブの方針とはなんでしょうか。

「J1で勝つのは一朝一夕で成し遂げられることではありません。優勝争いができるチームになるには何年か時間が必要なこと、まずは絶対にJ1に残留するという方針は、J1が見えてきた段階から考えていたことです。ただ、新シーズンに向けた準備をしている中で、『意外といけるんじゃないか』と次第にトーンが変わってきました。最初は『トップ10入りを目標に掲げよう』という話から入っていましたが、いまや黒田監督の話では目標が上がっています。上を目指すことで、クラブ全体を引っ張り上げようという考え方です」

――黒田監督の言葉を借りれば、今季の目標は『J1定着と5位以内の上位進出』です。

「黒田監督と事前に話す機会があり、その際に『高い目標を掲げないといけない』と話のトーンが変わっていました。戦力のメドがついた段階で話したため、オフの準備の中で手ごたえをつかんだからこそ、そういう目標設定になったのだと思います」

 

スキがない。黒田監督はリーダーとして優秀

 

――あらためて昨季のJ2優勝の要因をどう捉えていますか。

「みんなで一致団結し、足並みを乱すことなく、一心同体でやってこられたことが大きいです。また、黒田監督が優秀だったことも要因です」

 

――黒田監督のすごさを、藤田社長の言葉で聞かせてください。

「“スキがない”ですね。すべての準備を万全に済ませています。サッカーは運、不運で決着がつくスポーツであることも理解した上で、運を味方につけるために神社に通ったりしていました。最初から神頼みをしているのではなく、万全を尽くした上で、運までもきちんと押さえておくという、そのぐらいの方なので、『それでも負けるならば仕方がないか』という安心感があります」

 

――チームでは、黒田監督のミーティングが一つの名物になりつつあります。藤田社長が見聞きする中で、印象的なものはありますか。

「やはり優秀なリーダーという印象です。毎回同じことを言っているわけではないですし、負けて焦っているとか、勝って慢心しているとか、“心理的にこんな状態に入っただろうな”という状況を先回りして察知し、そのタイミングに最も適切な言葉をかけているんだろうなと推察します。もうさすがにこれ以上は頑張れないだろうな…という場面でも、別の言葉でやる気にさせるなど、そういうことができる方なのでしょう」

 

――「なるほど」と思うことがあるのですね。

「組織は違いますが、私もリーダーですから、感覚的に理解できます。ずっと頑張らせ続けることは難しいですし、黒田監督はそれを実践させられる方です」

 

成績で振り向かせる。当たり前のこと

 

――昨季をとおして、「成績で振り向かせる」ことができた感触はありますか。

「それは明らかです。サッカーというスポーツは、勝てば称賛され、負ければいろいろと言われるものです。個人としては、サポーターの方々が僕の誕生日に『ハッピーバースデー』を歌ってくれたり、盛大な拍手で迎えてくれたりしましたが、下位に沈んでいるクラブの社長はホーム最終戦の挨拶でブーイングを浴びることもあって、一歩間違えれば僕自身もそうなるわけです。『成績で振り向かせる』というのは、当たり前のことを言っているだけかなと思います」

 

――ホームの観客動員数も次第に増えていきました。

「目に見えて増えていったことはうれしかったですし、最後に町田で『J2優勝・J1昇格パレード』をやったときに、『こんなに気持ちのいいものはないな』と思いました(笑)。当日はパレードに出たいというよりは、今年最後の仕事ぐらいの感覚で町田にいきましたが、『人生であんなに気持ちのいいものはなかなかないな』と、あらためてそう思います。パレードの光景は目に焼きついています。選手たちも相当気分がよかったでしょうし、『町田』の名前を背負って優勝し、J1に初昇格したことを、町田市民の皆さんに称えられたわけですから」

 

――22年12月の代表取締役社長就任会見では「J2では経営的な旨みが少ない」というお話でした。J1昇格を果たし、現時点での経営的な旨みは見えてきましたか。

「『旨み』という言葉を使った記憶はないのですが、旨みどころか現実は巨額の損失を少しでも減らせたら助かる、くらいのレベルですよ。ただ、J2が最も収入面でもコスト面でも厳しく、経営的には難しいわけですが、J1にいくことができれば、入場料収入もスポンサーフィーも放映権料も、すべてが上がるのでラクになると思っていました。とはいえ、そんなに簡単に好転はしないです」

 

――「クラブ経営を循環させるために、“グッドスパイラル”に入ることが大事」とおっしゃっていました。そのための足がかりを構築できた手ごたえはありますか。

「われわれは新しいクラブであり、Jクラブという意味ではまだまだ歴史も浅いです。老舗や名門クラブであれば、アカデミーからトップチームに昇格した選手を活用したり、違約金をクラブ経営に回したり、いろいろとやりようはありますが、そういったものがないまま、予算がかかっています。先日もゼルビアに対する予算をサイバーエージェントの役員会で承認しましたが、結構肩身が狭かったです。優勝はしたので、賛成はしてくれましたが、『まだ増えるの?』という空気はありました」

 

――事業部サイドとしての成長度はいかがでしょうか。

「もともとの売り上げを踏まえれば数字も伸びましたし、J1に昇格してから値上げもさせてもらいましたが、パートナー企業も軒並み契約を更新してくださったことはありがたかったです。サポーターの数も増えていますし、組織と一緒にスタッフも伸びています。

 ただ、全体の収益面で言えば厳しいです。Jクラブは大企業傘下が多いと思いますが、オーナー企業の長としての立場で言えば、クラブ経営は収益性も低く、ほかの事業に比べれば、成長性も厳しいと言わざるを得ません。そうなると、超優秀な人材をサッカークラブに送り込むことが難しくなります。もったいないというか、超優秀な人材は高成長や高い収益性が期待できる企業に送り出されてしまうものです。だからこそ、自分で社長をやってよかったと思っています」

 

――以前、友人関係にある神戸の三木谷浩史会長が「サッカークラブにだけでは手を出さないほうがいい」と藤田社長に話されたようですが、いまや藤田社長はサッカークラブにどっぷり浸かっています。

「確かにそうですね。ただ、結果論ですが、ABEMAでやっている麻雀やヒップホップ、将棋など、自分がハマって精通している分野が道を切り拓き、将来性が変わっていっています。ちなみに2月16日に新プラン『ABEMA de DAZN 』を発表しました。ABEMAでDAZNのコンテンツを観られるようになります(※)。Jリーグは毎節、注目の6試合を無料放送します。この試みによってDAZNも裾野を広げることができるでしょうし、ABEMAというプラットホームで放送されるわけで、サッカー面でも新しいことが始まります。先ほども話したように、収益面を度外視に趣味の範囲でハマっていることが、意外と新しい分野を開拓しやすいという個人的な感覚があります」

(※)「ABEMA de DAZN」では、プロ野球など一部を除いたDAZNのコンテンツを視聴することが可能

 

――確かに画期的な取り組みです。

「W杯の成功でABEMAの評価は高まっていますし、期待は大きいです」

 

投資したクラブが勝つ。これは無視できない現実

 

――意地悪な質問になりますが、昨季は他クラブのサポーターからの風当たりが強かった印象です。藤田社長としてはどう感じていましたか。

「正直に言うと、気にしていません。勝っていけば周りは黙るものですし。自分が経営者として華やかに成功してきたように見えることも影響しているのか、これまでも嫉妬や足の引っ張り合いを経験してきました。その中で分かったのは、頭一つ抜けているとすごく足を引っ張られますが、体二つぐらい抜けてしまうと、もう相手にされなくなるということです。昨季のように、J2を抜け出していこうというようなクラブに対しては、風当たりが強くなるのかもしれません。個人的には嫉妬の類だと思っています」

 

――昨季に限って言えば、投資に準じたリターンを得ることができました。“投資をすれば勝てる”という実感は得られましたか。

「投資をすれば勝てるというほど簡単ではないことは、ヴェルディのフロントにいたころに痛感しました。当時は前線にフッキやディエゴらを並べても勝てない時期を過ごしましたから。ただ、総じて俯瞰をして見ると、たくさんの投資をしたクラブが勝つというのは、無視できない現実です。低予算のチームが強いこともあるとか、投資をしているけど勝てないチームとか、マイノリティーなほうの例を挙げて、どうこう言ってもあまり意味がないのではと思います。トップクラブを目指す以上、人件費がかかるのは当然で、それは必要な投資です。当たり前のことを当たり前にやっているだけです。これは私見ですが、『低予算でもトップを目指す』とか、『収益が増えれば人件費を増やしていく』とか、そういう考え方は、経営者としては“甘い”と言わざるを得ません」

 

サッカー経営の本質は“強いチーム作り”

 

――東京VのJ1昇格によって東京にJ1クラブが3つ存在することになり、町田はある意味、「東京の第三勢力」と言えます。この3クラブの中でどんな存在感を発揮したいと思っていますか。

「結果的にそういう形になっていますが、似たような地域にクラブが競合していても、強いチームであればファンはついてくるものでしょう。なぜそう思うかと言うと、私がヴェルディのフロントにいた時代、J2に降格して、『以前と比べて、アカデミーの選手はヴェルディよりもFC東京のほうに人材が流れていく』と聞きました。勝つことによって、残酷なまでに人気やステータス、収入面がついてくる。うまく構造ができているなと思います。まずは“強いチームを作ること”に注力するのが正しいと思っています」

 

――「強いチームを作ること」に注力しているぶんも含めて、他クラブのことは気にならないというわけですね。

「マーケティングでどうこうするというのは、小手先だと思います。個人的には、“強いチームを作ること”がサッカー経営の本質だと思っています。経営者としては、腹をくくって強いチームを作るしかない。そういうことです」

 

――今季は国立競技場での試合開催が4回あります。その背景を教えてください。

「多くの方に観にきていただく上で、国立開催は有効な手です。国立開催は可能な範囲で試合数を申請しましたし、Jリーグ側も、われわれの意欲を汲んでくれたのだと思います」

 

――昨季は東京Vとの『東京クラシック』を国立で開催しました。その後の波及効果はありましたか。

「ヴェルディの経営に携わっていた時期も、国立でホームゲームを開催していたので、個人的には“ホームゲーム開催の一環”という感覚でしたが、周囲からは『国立すごいね』という声も多くいただきました。“そう感じるんだ”という意外性こそありましたが、今回も多くの方々にゼルビアのことを知っていただく、いい機会にしたいです」

 

いつも強いなと、そう思わせられるクラブに

 

――はじめに「J1元年はスタート地点」というお話がありました。今

後の展望やクラブとしての野望を聞かせてください。

「昨季はJ2から脱出することに一点集中していましたが、初めてJ1を戦う今季は、『上位進出』や『ACL出場』も目指したいです。また、『いつも町田は強いな…』と周りに思わせられるクラブになりたいです」

 

――「強いチームを作ること」はブラさずに追求していくと。

「J2優勝に貢献した主力選手は軒並み残留してくれましたし、期限付き移籍の立場だった藤尾翔太や荒木駿太も完全移籍で残ってくれました。その上に、有力な新加入選手もいます。パワーアップしたことは間違いありません。飛び抜けて華やかなチームというわけではないですが、着実に強いチームを作る方向に向かっていると思っています」

 

――沖縄・うるまでのキャンプを視察された際、手ごたえが見えたのですね。

「期待がもてる様子でした。『強いチームを作ろう』というクラブのコンセプトと、負けず嫌いで勝利を追求する黒田監督のタイプが完全に合致しています。いまは“J1に挑戦する”というよりも、“J1でも絶対に負けない”という空気に変わってきています。ただ、個人的に知り合いである相手の選手やスタッフが(すでに)本気で町田を警戒している状況でもあるので、相手が町田を甘く見ているから倒せるといった展開は、期待しづらいですね(苦笑)」

 

――相手の警戒網をいかに突破していくか。もはやそんなフェーズにあるでしょうか。

「目線は上がったので、残留争いはしたくないです。もう二度と、J2には戻りたくないですから」