【藤田 晋】「ABEMA」と「DAZN」


「ABEMA」と「DAZN」を率いる2人が語る、今回のサービスの狙いとスポーツ視聴の未来とは――。

――お二人はもともとビジネスで接点があったとお聞きしています。お互いの印象はいかがでしたか?

笹本「一番深い接点は僕がTwitter社に在籍していた時ですね。いろいろとお仕事をご一緒させていただき、特に広告事業ではサイバーエージェントさんに大変お世話になりました。藤田さんのことを僕が語るのは恐れ多いですが、インターネットの黎明期に立ち上げた時から、凄い勢いでいろんなものをどんどん追い抜いていった。『凄いな』という一言しかない。ABEMAさんへのベットの仕方は藤田さんしかできないだろうなと、尊敬の目で見ておりました」

藤田「僕しかベットできない部分は、確かにあるかもしれません(笑)。他人から見ると無謀かもしれないことをやってきたかもしれません。笹本さんもX(旧Twitter)はもちろん、DAZNも簡単な会社ではない、難しいところに飛び込んでいかれるなと思っていました」

――両社のサービスにはどんな印象を持たれていましたか?

笹本「メディアなどのコンテンツのビジネスは一つのエコシステムがあると思うんです。ABEMAさんはこのエコシステムを壊すというより、刷新する存在なのかなと思っていますね。当初のテレビ朝日との取り組み方や、ABEMAニュースの出し方、我々の今の近いところではカタールW杯もそう。そういう領域で存在を作ってこられたので、進化していくべきエコシステムにABEMAさんが先陣を切っていることが、印象としては強いですね」

藤田「世界的にもABEMAは独特な視聴モデルかもしれません。動画配信のコンテンツは他社の動画サービスと直接競合しないように作ってきた。テレビのいい部分をネットにリプレイスしながら作っているんです。逆に僕から見たDAZNさんは、いかに(スポーツの)放映権が高いかを知っているので、なんて気前の良いサービスなんだと思っています。昔、別の有料放送を契約した時は、いくつもチャンネルを重複して契約しなきゃいけなくて、月に何万円も払っていましたから」

笹本「長年作られたコンテンツビジネスの構造にABEMAさんも一石を投じているし、DAZNもより多くのスポーツファンに見られやすい環境を作っていくことが、ライツホルダーの皆さんにもプラスになると思っています。特にDAZNはグローバル展開をしているので、日本のスポーツのファンをもっと世界に広げていけたらと思いますね」

藤田「もちろん、僕もJリーグはDAZNで見ています。ゼルビアが勝ったらもう1回復習で見ていますね。負けたら見ないですけど(笑)。非常にシンプルなサービス。レイアウトもシンプルだし、価格体系もシンプルだし、だから凄く分かりやすいですよ」

笹本「僕はW杯の時は、ABEMAさんもなんて気前の良いサービスなんだと思っていました。本来は日本戦が見られない環境だったので。日本戦も含めて熱狂させてもらったので、ABEMAさんがなければ、どんなつまらない何週間だったのか。ABEMAニュースは常に見ていたので、そういう意味では他のソーシャルの動画配信のサービスとは一線を画したものとして使っています」

藤田「あれはうまく行き過ぎた面もありましたね。W杯を全試合生中継することが決定した時点では日本がW杯に出られない可能性もあったので。グループリーグで敗退していたら今回のような結果にもならなかったし、(日本戦で解説を務めた)本田圭佑氏があんなに面白いとは……。本人も実際解説をするまで気づいていなかったと思いますし(笑)」

笹本「本当に面白かったですよね」

藤田「いろいろな幸運が重なったのですが、一発花火を打ち上げても(ユーザーが)残ってくれないと意味がないので、W杯期間中、『残存プロジェクト』を同時に走らせました。W杯で来てくれたお客さんにいかにABEMAを継続的に利用してもらえるか。その『残存プロジェクト』の中心になったのが、プレミアリーグやブンデスリーガの放送です。サッカーファンをきっちり取り込むのが大切だった。それに成功したと思っているので、今回の取組みにも繋がっていきました」

――その「ABEMA de DAZN」ですが、サービスに至った背景や経緯をお聞かせください。

藤田「もともとは、日本代表戦をDAZNが独占中継している中、『もっと多くの人に見てもらえたらうれしい』という声が出ているというニュースを見て、もっと我々と補完関係が作れると思っていたんです。ABEMAが始まってすぐ、ゼルビアのホーム戦だけ無料で放送する許可をもらえて1年間流したんですよ。当時はJ2で下位に沈んでいたこともあって数字が伸びず、やめてしまったのですが、提携関係を一度築いていて、カタールW杯もあったし、もう一度踏み込んだ話ができないかと。去年の春頃ですね」

笹本「ABEMAさん、サイバーエージェントさんといえば、デジタルの雄ですから、DAZN自体が外資ではありますが、日本にしっかりと定着していく上でもABEMAと今回組ませていただき、“日本のDAZN”として見ていただくのは大きいと思いますね」

藤田「ABEMAは基本は無料なので、無料でサッカーを見に来る人が多い。プレミアリーグも『三笘の試合だけ見たい』というW杯の延長の感覚。そのライトユーザーが無料で見たことで、やがて深いファンになり、有料契約してくれたらと思っているので、まずはエントリー的な役割を果たすこと。それに特に無料の放送ではリアルタイムでコメントがX(旧Twitter)にはきだされ、大変盛り上がります。みんな、騒いでくれる。有料会員だけでの疎外感がなく、みんなで一緒に同時に楽しめる試合がある。そのような試合が毎週あることは凄く大きいですね」

笹本「日本のX(旧Twitter)利用者の熱量は異常と思うくらいです。『あけおめ』というツイートを一斉にするのも一つの例。あれだけ同時にみんなの関心事に熱狂するのは国民性です。令和の元号が発表された時、1日で4000万ツイートがあったと記憶しています。英国王室の結婚でも600万ツイート。英語圏で600万、日本語だけで4000万って凄いじゃないですか。みんなが一つのものに凄い熱を投じるのはスポーツの絶好の形。藤田さんがおっしゃることは物凄くシナジーとしては強いでしょうね

藤田「スポーツじゃないですが、ABEMAで麻雀・将棋チャンネル対局を無料で放送していると、対局中にX(旧Twitter)のトレンドの上位に入ってくるんです。決して、派手ではない競技で。みんな見ているから、さらに見に来るというスパイラルが生まれる。試合が揃えば、サッカーや他のスポーツにおいても同じような大きな盛り上がりをつくれるという感覚がありますね」

笹本「そうですね。そういう意味で言うと本当に今回ご一緒させていただくのは、ABEMAさんの今の既存の視聴者の方々がそうやってソーシャルで盛り上がって、ライトタッチされた方々が深く入り込んでいく時にDAZNに来ていただけると非常にありがたい。日本のスポーツファンはコア層で1000万人いると聞いたことがありますが、ライトの方を入れると、物凄い数の方がいるので、DAZNとしてもまだまだファンの方々を取り込み切れていない状況だと思いますね」

――ユーザーが得られるメリットはどうでしょうか。

藤田「サッカーで言えば、揃えとしてもJリーグで相当な数の試合を楽しめるし、それ以外のスポーツも知るきっかけになる。DAZNのコンテンツをたまに見るだけでもこんな面白いんだと気付いてもらえる。最近F1を初めて見たのですが、とても面白い。知るきっかけって大事ですよね」

笹本「そうですよね。スポーツって試合の結果だけじゃなく、選手やチームにストーリーがあるじゃないですか。なので、切り方によってはまだまだポテンシャルがある。DAZN自体は試合がメインですが、藤田さんがおっしゃったように、そのスポーツを知るきっかけはいろいろとあるので、そこはABEMAのお持ちの力が発揮しやすい。我々としては、そこから深く入っていった方がDAZNに来ていただければと思うので、今回一部の試合を無料で見ていただく機会もそのきっかけ作りになればと思います」

今後は“ストーリー”を知るドキュメンタリーをABEMAで制作も?

――今回のリリースでも大きな反応があったのがサッカーファンという印象です。お二人はコンテンツとしてのサッカーをどうご覧になっていますか?

藤田「毎週末、自分の馬が走る競馬とサッカーの試合の時間が重なってしまうんですが、サッカーが勝っちゃうんですよね(笑)。(試合に)勝った時の喜びや、負けた時の悔しみ、怒り。サッカーはちょっと違う。人を狂わせるものがある。世界的にそうではないでしょうか」

笹本「古くは戦争を回避するためにサッカーの試合で国同士が戦うなんてこともあったわけですし」

藤田「そうですよね。国の代表として戦っているから、俺たちの地元が負けるなんて、という熱量が高い」

笹本「凄い熱量ですよね。どこまでDAZNができるか分かりませんが、今はJ1、J2、J3の中継をやらせていただき、Jリーグさんは裾野を広げ、サッカー人口とファンを広げながら、地域に根づかせる役割を果たされている中で、大げさな言い方をすると日本の地方創生も含めて、サッカーの持つ力や意味はもっとあると思うんです。でも、まずは見ていただかないと、そこに入っていかない。そういう意味で、DAZNでも『Freemium』という無料サービスは始めましたが、ABEMAでも無料でも見ていただく方が多ければ多いほど、意義は深いと思っています」

藤田「我々はライトユーザーのエントリー、最初のゲートになればいいので、まずはこの試合が無料で見られることをライト層に訴えかけたいですね」

笹本「まさにそうですね。『ABEMA、無料で見させてくれてありがとう!』という方々が多くいることが結果的にはDAZNにとっても良いことなので、そこに凄くシナジーが生まれる。お互いの役割が明確化されているし、その先はもっと技術を進化させる、またはジャンルを増やしていくなど、取り組み方は広がっていくと思いますね」

藤田「各競技におけるストーリーを知るようなドキュメンタリーやドラマを作ることもABEMAの中でもできますからね。F1もNetflixが作ったドキュメンタリー(2019年から配信されているNetflixオリジナル人気シリーズ『栄光のグランプリ』)でブレイクしていったので。ああいうことは我々にもできるんじゃないかなと」

笹本「それは、是非期待しています。私がシンガポールにいた時、知人の周りで女性のF1ファンが増えたらしいんです。そのドキュメンタリーで、選手一人一人のストーリーに感情移入して、いつの間にかF1のレースそのものを見に行きたくなった。日本でそれを作ろうとすると、やっぱりABEMAさんのような企業じゃないとできない」

藤田「サッカーは海外だとビッグクラブから街クラブまでドキュメンタリーがある。それをJリーグで我々が作ることもできますしね、まずはゼルビアから(笑)」

笹本「いいですね。是非、代表の苦悩も描いてもらって(笑)」

――今、ドキュメンタリー制作という話もありましたが、今後実現させたい構想やアイデアはありますか?

笹本「本当に今すぐできることと、将来できたらというものがあります。今すぐで言うと、DAZN内にFanZoneというファンが集まってチャットをしながら試合を見られる機能があるのですが、こういうものは是非ABEMAさんとご一緒する中でやらせていただきたいです。試合の見方は多様化した方がいいと思っているので、その先には、AIでどういうシーンを切り取るか判断し、それをリアルタイムに出していくなど、新しい技術を導入してABEMAさんと一緒に新しい視聴体験ができたらいいですね」

藤田「スポーツテックは本当にこれから有望な分野ですよね。ABEMAの将棋チャンネルでも『SHOGI AI powered by ABEMA(以下SHOGI AI)』と呼ばれるAIを導入していて、対局におけるその時の勝勢が60%と40%という形で表示をしている。『SHOGI AI』を導入してから一気に視聴体験が良くなっています。『SHOGI AI』においても藤井聡太さんが勝っていたら(優勢だったら)、AIの予測した勝勢通りに進むことが多いんです、毎回ではないですが。藤井さんはミスが少ない。そういうのが技術で可視化できるところも新しい視聴体験につながっていると思います。」

笹本「スポーツによって違いますね、見え方、見せ方が。それもまた面白いところですね」

(後編へ続く)

 前編では「ABEMA de DAZN」が誕生した背景から、ユーザーや両社にもたらされるメリットまで語った藤田氏と笹本氏。話題は、スポーツの有料放送の今と未来に移った。お金を払ってスポーツを見る時代。それがユーザー、そしてスポーツ界にもたらす影響とは――。

――近年、有料放送によるスポーツの視聴が増えています。無料だったものが有料になり、一見するとユーザーの負担ばかりに目が行きますが、特にアメリカのボクシングではイベントごとに有料で視聴権を購入するペイ・パー・ビューにより選手への巨額のファイトマネーとして還元されたり、ファンが待望するビッグマッチが実現したり、競技そのもののレベルアップにつながっていく側面もあるわけです。こうしたスポーツをめぐる有料放送の意義について、お二人の考えをお聞かせください。

藤田「この変化が本当に劇的に起きたのは、つい最近ですよ。有料ではないですが、ABEMAで放送したFIFA ワールドカップ カタール(W杯)は、アカマイという世界的なネットワーク会社が『(ネット配信で)この規模をさばくのは世界的な例がない』と言っていました。野球のWBCもありましたが、ネットでスポーツを見ることが当たり前になったのはW杯が大きかった。その数か月前にペイ・パー・ビューで放送した『THE MATCH』の那須川天心―武尊の試合も凄い券売数でした。ユーザーはお金を払ってスポーツ中継を見ることにどんどん慣れてきています。昔から技術的にはできたものの、高速ネットワークの普及、処理能力の向上などデバイスの進化などの背景もあります。有料の中継による収益でスポーツ業界が潤い、業界を発展させることができる。非常に良い流れになってきたと思いますね

笹本「日本のスポーツ界というポテンシャルは計り知れないものがあると思います。プロからアマチュアまで幅広く、アジアという視点で見た時、日本は(他国から)憧れのマーケットでもあるので、もっと日本のスポーツが海外でも見られてもいい。今はサッカーや野球となどのメジャースポーツになりますが、スポーツと言えるジャンルは広くて、例えば将棋も可能性がある。そういうものが広がっていくことで、先ほど(前編)の地方創生もあるでしょうし、大げさに言うと日本の経済にも寄与していくことになると思います。有料放送がそこに還元できるような存在になれると、さらに非常に良い流れになりますね」

――そうしたメリットもありながら有料放送にアレルギーを持ってしまうユーザーがいるのも事実です。もっと事業者側からその認知を積極的に広げていくべきなのか、時間とともに認知は自然と広まっていくものなのか、そのあたりの課題感はいかがでしょうか。

藤田「ペイ・パー・ビューのようなものが普及したのは、コロナ禍でアーティストがリアルにライブを開催できずにペイ・パー・ビューでオンラインライブを実施したことが大きい。我々もペイ・パー・ビューが収益の柱になる規模になっている。慣れも大きいと思います。“地上波で無料”が当たり前だったころから変わってきている。今、スポーツの放映権が高騰している状況。一方で、それでもファンは見たい。それなら、お金を払って見ようとなっていくと思いますね」

――最近はW杯予選やアジアカップなどのサッカー日本代表の公式戦すら地上波で放送されないということがありました。そんな中で高い放映権を買ってでもファンに届けていくというのは、有料放送のひとつの役割、責任でもあります。

藤田「先ほど(前編で)DAZNが獲得している試合の放映権の金額がどれだけかかっているか、なかなか世間に認識されていないと話しましたが、地上波のテレビもそれを支えるだけの収入がなければ放送できないですよね。テレビの視聴率が全体に下降傾向の中で、これは時代の流れで、仕方ないんだと思います。だからこそ、安心して見られる新たな環境を作らなければいけないという責任を感じていますね」

笹本「そうですね。30年前は水道水を飲んでいたものが、今はペットボトルで水を飲むのが当たり前の時代。時代によってニーズに変化があり、製品との接し方は変わっていくものですよね。普通の水道水では駄目なわけで、パッケージをしっかり作る、水の源泉がどこなのか、水に対する創意工夫が求められ、消費者はその対価をお支払いされる。同じように、ただスポーツのライブというだけでなく、見せ方、多様な参加の仕方が、技術も含めて僕らに今後求められてくる。なので、その投資もしていかないといけない。エコシステムとして、価格設定についてはご理解いただけるとありがたいです」

スポーツ視聴で大きかったカタールW杯とWBC「パラダイムシフトくらいの変化」
――スポーツの視聴体験で言えば、2022年11~12月にカタールW杯があり、2023年には野球のWBCがあり、日本がひっくり返るような盛り上がりを見せました。短期間で非常に稀な出来事だったと思いますが、この2つのイベントが与えた影響はどうお考えでしょうか?

藤田「パラダイムシフトくらいの変化が僕は起きたと思います。ネットでスポーツコンテンツを見ることを1度体験すると、それが当たり前のようになって、場所を選ばず、それこそ時間も調整して見るというスポーツ視聴体験を知った人が凄く増え、これからスポーツを見る時にネットでの視聴が選択肢に入るようになりました。カタールW杯とWBCがぐっとスポーツ視聴の可能性を広げたなと思いますね」

笹本「僕も文化的な話と技術的な話で思うところはあります。技術的な話では、インターネットの黎明期からすると、考えられない視聴体験が今あるわけです。特にスポーツのようにリアルタイムで見るものが最も熱量が高い。それを技術で叶えてきたのは、黎明期からインターネットに携わっている僕らとしては感慨深いですが、それもさらに進化していく。文化的な面では世界の大会で、日本の選手・チームがこれだけ戦い、活躍できると世界でも評価されるようになったことが、スポーツ界の可能性を劇的に拓いたと思います。なので、その火を消さないようにより多くの方に接していただいて、DAZNの役割としては世界も含めて広げていけたらなと思います」

――大谷翔平投手というスーパースターの存在が出てきたことはどう捉えていますか?

藤田「彼の場合はスポーツのライトファン層がどうこうじゃなく、もう“国民の大谷翔平”なので例外だと思います。ABEMAでもMLBを生中継していますが、大谷が出ると出ないで話が違ってきます」

笹本「言い方はちょっと不適切かもしれないですが、宇宙人みたいな方じゃないですか。漫画みたいなことをやってしまっている。サッカーで言うとキャプテン翼がリアルに出てきてしまった存在が大谷翔平さんだと思うので、日本を超えた存在。万人受けはなかなかないはずが、リアルに存在する方なので、不思議な感覚ですよね」

――コンテンツとしてのスポーツについてもお聞きします。音楽、映画、芸術など、世の中にはあらゆるコンテンツがあふれていますが、スポーツにしかない価値はどんなところに感じていますか?

藤田「スポーツには筋書きがないドラマがある点ですね。みんなで体験できる同時性もあり、物凄い瞬間に立ち会えることもある。もちろん(期待を)外すこともありますが、それも筋書きがないからこその魅力ですね」

――藤田さんは小さい頃からスポーツを見てきて、震え上がるほど興奮した時はありますか?

藤田「それはもうゼルビアがJ1昇格を決めた時ですね。思わず叫びました(笑)。長友が『ブラボー!』と言った気持ちがわかりました(笑)」

笹本「やはり、そのくらい筋書きがないから粘着性が高まるでしょうし、その選手の背景にあるストーリーや、チームを応援している方々の想いが熱量として伝わってくる。ドラマとは異なる体験なんだと思うんですよね。物凄く人間臭いのがスポーツ。ドラマもそういう人間くささを出せるとは思いますが、脚本ありき。それが全くないのがスポーツなんです。どんなに技術が進化しても、それは代替できないものではないでしょうか。だから、スポーツの人間臭さに特別なものを感じますね」

――スポーツコンテンツの人気という面では今後をどう見通していますか?

藤田「笹本さんのお話で『ストーリー』という言葉が出てきましたが、それがあるとないとでは面白さが変わると感じますね。毎年、僕は元日の社会人駅伝(ニューイヤー駅伝)をハラハラしながら見ているんですが、親しくしているGMOインターネットの熊谷社長が、あの大会でどうしても勝ちたくて、凄い熱の入れようで。自分でアフリカに行って、選手をスカウトして、飛行機に乗せて帰ってくるくらい。それだけ懸けているけど、なかなか勝てない。でも、その過程を知っているだけで、面白さが全然違う。ABEMAのニュース、バラエティー、ドラマも含めて、スポーツコンテンツが持つそのストーリーを伝えることでも、もっとスポーツの価値を高められそうだなと思います」


ABEMAとDAZNが見据える未来「日本のスポーツはまだまだ未開拓」

――今回リリースされた「ABEMA de DAZN」ではスポーツの好きになってもらうきっかけが大切というお話をされましたが、ただスポーツ界にはライトなファン、いわゆる“にわか”の存在を嫌う層があり、業界全体の発展を考える上では悩ましさもあります。

藤田「それは頭が痛い問題ですね。もちろんコアファンは昔から好きで、応援しているが、にわかファンを排除しようとする人もいる。仲良くやって欲しいと思います」

笹本「本当にそうですね。でも、どちらかと僕自身がにわかに近いのかなと思っているんです。例えば、(サッカー・プレミアリーグの)マンチェスター・ユナイテッドのファンではないのですが、あの赤いシャツがカッコいいと思って買ったら、熱狂的なマンUのファンの方にあの選手がどうのこうのと声をかけられて困った経験があります。でも、ファッションとスポーツの親和性、音楽とスポーツの親和性、いろんなスポーツの親和性があるので、自分が応援しているチームのユニフォームを着てくれている人が増えていくことがそのチームが盛り上がっている象徴だと感じてもらえると、より良い環境になっていくんじゃないかなと思いますね」

――最後に。ABEMAやDAZNが今後のスポーツの視聴体験をどんどんとさらに変えていくと思いますが、その未来をどんな風に考えているのでしょうか。

藤田「今、人気スポーツを中心に見られているところから、収益の幅も広がることによって、いろんなジャンルのスポーツが収入を得て、人気になり、その業界の発展につながっていく、という循環ができてくると思います。ネットは編成の尺にとらわれず、放送時間を気にせず配信ができ、放送するジャンルの自由度も高いので、そこにファンになる人たちが増えていく。スポーツ自体の未来は明るいと感じますね」

笹本「ジャンルに相関して、スポーツには見るところから、実際に関わるところまでの体験が伴っています。例えば、私も子供の時はリトルリーグをやっていましたが、親に週末送り迎えもしてもらい、家族で参加するという教育的な側面もある。一方でプロの世界では、大谷翔平選手のように物凄い金額で契約したことで彼の価値が可視化され、可能性をすごく切り開いてくれた。教育的なところからビジネス的なところまで幅広いのが、スポーツが持っている役割。DAZNでもその一端を関わらせてもらい、こんな可能性がスポーツにあったんだということを僕らも知りたいですし、多くの方に感じていただけたらと思います。

 話は逸れるのですが、昔、アメリカの友人に『NFLのヘッドコーチ(監督)とアメリカの一番有名な大学のアメフトのヘッドコーチ(監督)の給料、どっちが高くて、いくらだと思う?』とクイズを出されたことがありました。普通に考えるとNFL監督と思ったら大間違い、大学の監督と言い、そこにビジネスの論理があります。NFLは選手に多額の給料を払っているので、(当時の金額で)監督はせいぜい1億円くらい、大学は10億円なんだ、と。学生には給料を払っておらず、せいぜい奨学金くらい。一方で、ファンベースは物凄く多いし、マーチャンダイズ(商品)は応援グッズが毎年変わるので、収益も物凄い。そのエコシステムが日本にもあるべきだと思っています。

 ABEMAさんを通して試合を見て、例えばゼルビアのファンになって試合に行ってみたいというきっかけから変わっていく。もちろん我々は視聴料をいただいている立場なので、どうこう申し上げるのは憚られますが、一つのエコシステムとして回っていくことによって業界全体が成長し、その成長がファンにまた還元されていく循環をどこかで断ち切ってはいけないと思うんです。スポーツは、まだまだ日本は未開拓なんじゃないかと思いますね」

――本日はありがとうございました。

■藤田 晋 / Susumu Fujita

 1973年5月16日生まれ。大学卒業後、人材派遣会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)を経て、1998年にサイバーエージェントを創業し、代表取締役に就任。2000年に26歳で同社の東証マザーズ上場を当時史上最年少で果たした。「ABEMA」は2016年に開局し、代表取締役に。スポーツ領域では2018年に当時J2だったFC町田ゼルビアの代表取締役社長兼CEOに就任。子会社のCygamesが開発したゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」のヒットを受け、2021年から馬主活動も始めた。

■笹本 裕 / Yu Sasamoto

 1964年9月4日生まれ。大学卒業後の1988年に人材大手リクルートに入社。2002年にエム・ティー・ヴィー・ジャパン代表取締役社長兼CEOに就任した。以降は2007年からマイクロソフト常務執行役員、2009年から同社常務執行役員、2014年からTwitter Japan代表取締役などを歴任。今年2月5日にDAZN Japan最高経営責任者(CEO)兼アジア事業開発に就任した。