社長の引き継ぎ書

サイバーエージェントには「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンがあります。それを日々目指すために、「足元の営業利益の確保」「中長期の繁栄」「社員の満足度」「株価を含めた外からの評価・期待値コントロール」の4項目と、さらに番外編として「リスク管理」という合計5つの項目に分けて言語化しました。

単純に言えば、「(上述の項目を実現して)足元で営業利益を出していて、その施策が中長期的に有効で、社員も生き生きと働いていて、外からのイメージもいい」なんて、めちゃくちゃいい会社じゃないですか。これを実現することがCEOとして大事であり、それだけで十分なことです。その実現のために、やるべきことを徹底的にやるというだけなんですが。

あとは事業も、人も、企業文化も、すべてにおいて一貫性を持つこと。それに加えてリーダーとしての献身性、責任感。その3つの重要性を伝えました。エモーショナルな言葉でごまかすのではなく、「期待値の高い方を選んでいる」「損得感情で決めている」というような言葉をあえて使って説明しています。

──具体的に話した事例やエピソードなどはありますか。

例えば、我々は上場企業なのでグループで連結決算を出しています。その連結決算の数字を作る上で、売り上げと利益を単体で上げようが、グループで上げようが、何だって構わないんです。「今期はCygamesで稼いで、ABEMAに投資しよう」ということでも、トータルでしっかり増収増益できていればいい。 これは当たり前なはずですが、あえて言葉にして伝えないと外からの評価などで(経営者が)ぶれてしまうんです。

業績がいい時期に“次”を仕込まないと中長期で苦しむことになります。足元の利益だけでなく、中長期で「右肩上がりの階段のような業績グラフ」を作らないといけません。それはCEOの役割です。一見当たり前のことのように聞こえるかも知れませんが、経営の仕事は複雑怪奇なものです。何かを言っても、言ったそばから経営はぶれていきます。

「ぶれてはいけない」という意味においては、今回引き継ぎ書を作って言語化し、それを伝えた意義は大きかったと思います。いろんな会社がサクセッションに失敗しているのは、「誰を選ぶか」ばかりに注力して、そもそも引き継ぎするべきものを明確化していないからではないでしょうか。特に創業者が社長を続けている会社は、社長のトータルプロデュースによってすべてのつじつまが合い、それが「一貫性」となって成立していることが多いです。

研修でも僕の言葉でそこをしっかりと伝えました。まずはなぜこの会社が成り立っているのかを理解してもらい、それを踏まえた上での守破離というか、時代とともに変えるべきところを変えていくということが大事なのかと思います。

16人の社長候補者に説明したことで、サイバーエージェントの経営としての一貫性がみんなの共通言語になったと思います。(候補者全員が)後継者にならなくとも、参加しているのはサイバーエージェントの次世代リーダーばかりです。共通理解が進み、これからみんながチームで経営していく時にすごくやりやすくなったことは、大きな実りだと思います。

全員プロパー社員だったのは偶然です。まったく意識していなかったんですが、研修でふと見渡したらそうなっていたんです。でもやはり、そこがうちの会社らしいとも思いました。「経営の多様性」と言っている会社は、相当古く硬直化している会社です。我々はまだまだ大きく成長している最中で、(経営の多様性よりも)同じ志で一致団結して突破していかないといけない会社です。僕と近い年齢のメンバーは選んでいません。10歳ほど若い世代を中心に、下は30代前半の人間もいます。

また共通点はないのですが、16人はみんな似ていますね。みんな「さわやかでいいやつ」ですよ。サイバーエージェントではこれまで役職を上げる時も、「実績より人格」と言ってきました。候補者が並んだときに、「こういう人たちがサイバーエージェントの経営を担うんだ」と分かる人には分かると思います。

実は会社設立3カ月目には、新卒採用を始めているんです。まだ会社の体裁をなしていない頃ですが、最初から新卒に対する意識は高かったと思います。

そうは言いつつ、途中で「成長を急がなきゃいけない」という状況になりました。ネットバブルの時期には「中途でいい人材が採れるチャンス」と思い採用しましたが、バブルが崩壊し、人が辞めていきました。そんな状況で、結局のところ求心力を持つようになっていたのが、新卒でした。

あと、サイバーエージェントは「新卒カルチャー」が合っている。それで2003年、会社が始まって5年たったタイミングで実施した役員合宿で、(新卒育成重視の)方針を決めました。以後、大きな買収や、いきなり社外の人をスカウトして上層部に入れるようなこともしないようにしてきました。

一貫しているのは「社員をやる気にさせること」です。

リモートを週3出勤推奨に戻した理由も、「人に見られている方がやる気を出すだろう」という理由からです。だから今、社内にはすごい数のビデオ会議ボックスがあります。「Zoomしに会社に来てね」というように。1人で仕事をするより、みんな居るところの方がやる気が出ますから。ただそんなに強く言っていません。出社日でも出社率は6割くらいです。そもそも、そんなに強制する会社ではないですが、大きな指針を言わないと、社員も動きづらいので。

うちの会社は若い人が活躍する会社だから、というところはあります。正直、僕も経営者としては今が一番脂が乗っているというか、経営の経験値が上がっているタイミングです。このまま経験値を積んで60歳以降もやれるとは思いますが、早いのはやはり弊社特有の事情ですね。

僕も今年50歳で、人生の半分を「サイバーエージェントの社長」として過ごしてきました。やればやるほど引き継ぎできない会社になっていくのを日々実感しています。だからこそ引き継ぎ可能な会社にするにはどうすればいいかと考えています。この仕事はもう誰にもできないと思うからこそ、言語化しなければいけない。そう思って引き継ぎ書を作り、合宿をやって、少し光が見えてきたというところです。

やってみて初めて、僕自身も「確かに伝わらないよね」と分かりました。これまでは頭の中だけで自分の選択は「なるほど、つじつまが合っている」と思っていました。ただ、これまでに本も書いていますし、取材もたくさん受けてきました。ですが、「その部分部分のを断片的に読んだら、逆に分からないんだ」と。そんな状況だったところで(合宿で改めて)全体像を語ったことが、結果として実際に起こしたアクションの裏付けになったというか、“腹落ち感“が出たという印象です。

社外にも代替わりを伝えるために、もしかしたら引き継ぎ書を清書して書籍化するかも知れません。また未定ですが。

「僕(藤田氏)の言うことだから」と社内も社外も納得して進めてきたこともあるので、ABEMAのような大きな新規事業は多少難しいところはあると思います。

ただ、中長期で見たときに絶対に正しいと思ったことや、明らかに我々が有利なチャンスに出会った時、ちゅうちょなくチャレンジして欲しいですね。それが共通理解になるように引き継ぎ書にも書きましたし、またそれが許容されるような文化の会社を作ってきたつもりです。

ちょうど(会長職になる予定の)3年後がABEMAの10周年なんです。そこまでにかたちにしよう、と。ただABEMAで僕がやっていることを引き継ぐのは、サイバーエージェント本体よりも難易度が高いかも知れません。

大分そこは減っています。これまでは稼働の8~9割だったところを6~7割くらいに……そんなに変わらないですか(笑)。

そうですね。あれでかなり局面が変わりました。ユーザーも好意的で、良質なコンテンツも持ち込まれるようになりました。演者も「ABEMAに出演すること」自体を好意的に受け止めていただいています。

それまで苦労したことは、ワールドカップ以降一気に解決しました。ここからはマネタイズをしっかり頑張って、損益分岐点を越えることをしっかりやるというところです。

そこがABEMAの難しいところです。スポーツ界も芸能界も独自の価値観を持っていて、創業者で、ずっと(役割の)変わらない人物を好みます。だからこそ僕と関係を築いてくれているところもあります。ただこれは、永遠にやるわけにはいかないですから。60歳で退かなければ70歳のときにどうするのか、となりますよね。

確かに「ハードシングスみたいな話は?」と取材でもよく聞かれます。ですが、そのネットバブル崩壊後に買収されそうになったとき以外、サイバーエージェントにはハードシングスってないんですよね。

「平和でいいな」と思われるかも知れません。ですが短期の利益を犠牲にしても次の種を仕込むというのは、そういう(リスク管理の)話です。

また僕は「敵がいない人ですよね」とも言われます。これは偶然ではなくて、敵を作らないように防いでまわっているんです。そういうことも説明しないと、平和な時期が偶然続くものだと思われるかもしれません。

先ほども経営者は一貫性と献身性と責任感という話をしましたが、僕はサイバーエージェントに対して責任を負っているので(完全に引き継ぐのが)無理だと思ったら、会長兼CEOを続けようと思っています。もちろん(後継者が)大丈夫で、僕が引いて企業価値が上がるのであればそれが理想です。そうしたら自分がどうするかはまた何かを考えます。

24歳で会社を作ってからずっと、頭のてっぺんから足の爪先まで、「サイバーエージェント」に捧げています。辞めてから何をするかなんて考えられませんよ。