「日本にもこんなにいいものがある」という発想をしているかぎり、韓国との差は縮まらないし、世界市場では勝てない。

日本で世界水準の映像コンテンツを制作してグローバルに展開する──。

2021年12月、サイバーエージェントはコンテンツスタジオ「BABEL LABEL」の株式を取得して連結子会社化した。

BABEL LABELには、日本アカデミー賞受賞作品『新聞記者』の藤井道人監督らが所属。藤井監督が演出を手がけたNetflixオリジナルシリーズのドラマ版「新聞記者」が1月13日から全世界同時配信されるなど、BABEL LABELはいま世界にもっとも近いコンテンツスタジオの一つだ。

なぜサイバーエージェントは気鋭の映像作家たちと組むことにしたのか? 藤田晋社長と藤井監督に世界戦略を聞いた。

■かつて日本の映画界は「夢の工場」だった
 
──今回のパートナーシップの経緯を教えてください。
 
藤田:最初に言っておきたいのは、今回のパートナーシップはABEMAのためではないということ。世界で通用する作品をつくるには、テレビ局ではなく、制作会社が主体となるべき。目指すは韓国のスタジオドラゴンで、BABELはそうなる可能性を秘めています。それを支援することが今回の目的です。僕が出たことでABEMAのビジネスのためだと誤解されると、BABELに旬なクリエイターが集まってくるときの障害になりかねない。ここはパブリックリレーションでしっかり伝えたい。
 
サイバーエージェントは、世の中のイメージ以上に数多くのコンテンツを自分たちで作ってやっています。会社の利益の大半を稼いでいるゲーム事業も、自分たちのプラットフォームではなく、AppleやGoogleのプラットフォームに出して、そこでヒットゲームを生み出し大きな収益をあげている。映像コンテンツも基本的に同じ考えです。
 
もちろんABEMAは配信先の選択肢の一つになりますが、NetflixやAmazon Primeといった世界的な映像プラットフォームが世界への近道になる。BABELの作品を何らかの形で世界に届けられればいいと思っています。

藤井:BABELは18歳から同じメンバーで、一人ひとりが一流の映画監督になるんだという思いだけで集まった映像集団です。ただ、コロナの少し前から、いい作品をつくりたいという思いだけでやるのは限界があることがわかってきました。

制作会社は制作費の中でやりくりして映像をつくりますが、ほぼ自転車操業。クリエイティブを消費している自覚があって、これを永久にやり続けていくと、潰れてしまうと感じていました。
 
本当は自分たちから企画を出して、日本を代表するような作品をつくって、クリエイターを次々に輩出できるようなコンテンツスタジオにならないといけない。

日本の映画業界は昔、「夢の工場」と言われて、才能豊かな人がどんどん集まってきました。しかし今は、「安い、きつい、汚い」で人が集まらない。これを自分たちの代で覆したい。それにはどうすればいいのかと代表の山田久人と悩んでいたところに、今回のご縁がありました。

藤田:会社として最初の接点は、ABEMAの『会社は学校じゃねぇんだよ』のドラマ制作でした。ただ、そのころは藤井監督のことをよく知りませんでした。すごいと思ったのは、やっぱり映画『新聞記者』。
 
みなさんご存じないかもしれませんが、僕は報知映画賞の審査員を9年務めていて、日本の映画を毎年100本以上観ています。いろんな作品を見てきたなかで、今いちばんすごいのは藤井監督だとフラットに思いました。
 
藤井作品だと役者も変わるし、まわりのクリエイターも集まってくる。そんな藤井監督を中心とした気鋭のクリエイターたちと、日本から世界的コンテンツを出すというテーマに一緒に取り組みたいなと。
 
■日本の映像コンテンツが韓国に勝てない理由

──日本も優れた映像コンテンツは多い。いいものをつくるだけでは世界で通用しないのか。

藤田:今、子会社Cygamesの『ウマ娘 プリティーダービー』がヒットしてグループ業績に大きく貢献してくれていますが、Cygamesは予定していた開発期間を大幅に延期してでも、ひたすらいいものを追求し、圧倒的なクオリティーのゲームを実現させ、それが大ヒットすることで結果的に大きなリターンを得ています。
 
世界で勝負できる環境は整いつつあります。コロナ中にNetflixが伸びて、日本の作品が海外でも見られるようになりました。韓国では、BTSのようなアーティストがオンラインライブで世界から簡単に課金されています。すごいものをつくれば、それを世界に届けるのは難しい時代ではなくなっています。
 
あとはお金をかけられるかどうか。いいものをつくりたいけどお金がないとか、いいものをつくっても報われないで人が集まらないという藤井監督の話は、本当にその通りです。
 
藤井:僕がNetflixで『新聞記者』を撮っていたときに、アメリカのNetflixでは『クイーンズ・ギャンビット』というドラマをつくっていました。

観てみると、シナリオは負けていない。演出、役者の演技、カメラワークも負けてない自信がある。でも美術や衣裳、スケールといった点では悔しいと思うことがたくさんありました。そこはお金なんです。予算の制約があると、どうしても企画の段階からそれに縛られてしまう。勝負するには、バーンとお金をかけれる環境が必要です。
 
韓国ともクオリティの差はないと思っています。ただ、スタジオドラゴンの話を聞くと、お金の環境面に加えて、競争意識の差は感じますね。会社に何百人もガッと入れて、企画を一つ通すために高め合う環境は尊敬しています。それに、視線が外に向いている。日本で外にも目を向けているコンテンツスタジオは少ないように感じます。他の多くは、ドメスティックに収益をあげることに向いています。

外を向くと、映像言語も世界が基準になります。韓国の映像クリエイターたちは、世界の人にどう見てもらえるかを意識して、シナリオを単純化したり、文化的な部分をあえて深く掘らずに、どこの国の人でもわかるような味付けをして見せています。底が浅いという声があるかもしれませんが、それは妥協ではなく、明確な意思です。『イカゲーム』を見たときにも、200カ国のパイを取りにいくんだという勇猛果敢な姿勢を感じました。
 
BABELは、やはり外を向いて作品をつくりたい。藤田さんがおっしゃるように世界に届ける環境は整いつつあります。今、全世界に殴り込みをしないでいつやるのかというつもりでいます。


Cool JAPANの発想では世界で勝てない
■世界で勝負するためのグッドスパイラルを回す

藤田:日韓の意識は、国策の違いも影響しています。Cool KOREAは、国内の文化エンタメ産業を世界で通用する水準まで高める支援をしてきました。Cool JAPANは逆で、日本水準のいいものを世界に知らせようとしてきた。「日本にもこんなにいいものがある」という発想をしているかぎり、韓国との差は縮まらないし、世界市場では勝てない。その意識を一回改めないとダメでしょう。
 
今回のパートナーシップが、そこを変える機会になるといいかなと。ただ、恐ろしくお金がかかるんですよね(苦笑)。どうやってこれから資金を作っていくかは考え中です。
 
その一方で、Cygamesのウマ娘も、相当な開発コストをかけていますが、それができるのも、これまでに『グランブルーファンタジー』などヒットしたゲームが数多くあるから。スタジオドラゴンもそうで、制作したものがヒットしたから次に大きくお金をかけられる。グッドスパイラルに乗せるまで、少しベンチャー的な考え方をしないといけないと思っています。
 
藤井:僕にはすごくいいプレッシャーですね。今までは、自分がどうにかしなくてはまわりに迷惑をかけてしまうというプレッシャーで、精神的にも追い込まれることがありました。でも、今は「これがダメだったら自分が死ぬだけ」というプレッシャー。今のほうがずっとワクワクできます。
 
藤田:プラットフォーム上では、どこの国の作品かは関係ありません。Netflixの『ペーパーハウス』はスペインだけど、世界水準でおもしろい。そういう作品たちと同じ土俵で競っていくには、日本発のコンテンツの良さを大事にしつつも、世界水準でやるんだと意識を変える必要があります。
 
そこにサイバーエージェントが関与する価値があると思う。これまではクリエイターが尖ったことをやると、慣習やしがらみで仕事がしづらくなる環境があったかもしれません。でも、我々は新しい世界でやっている。藤井監督には、ひたすらいいものをつくってほしいですね。

藤井:『新聞記者』のときは、まわりから「大丈夫? 干されるよ?」と心配されました。でも、みんなが右に行くと言ったときに一緒に右に行くタイプだったら、そもそも映画監督という仕事は選んでいない(笑)。
 
慣習やしがらみから自由になるには、まず自分たちの器を壊す必要があると思っています。今回のパートナーシップは、まさにそのきっかけになる。2022年は、まずは失敗を怖れず果敢に壁を壊していきたいと思います。