「魔女の宅急便〜ジジが話せなくなるのはなぜ?〜」

QUESTIONの答えを考えながら読み進めていただければ幸いです。早速ですが、内容に入る前に、一つ考えて貰いたいことがあります。

Q人間が成長するとは、具体的に何がどのようになることでしょうか。

→正解不正解はありません。自分なりの解を持った上でこれから読み進めていただきたいです。

「魔女の宅急便」。数あるジブリ作品の中で、私が最も愛する作品です。作品中に登場する、海に面した色鮮やかな街並、動物たちとの柔らかな触れ合い、爽やかな恋愛。「魔女の宅急便」の中には、人々の心を惹きつける様々な要素が散りばめられ、人々は、映画の中で何度も共感や憧れを繰り返すだと思います。

さて、「魔女の宅急便」ファンなら誰もが感じたことのある疑問。「ジジが話せなくなるのはなぜ?」をキキの成長点をなぞりながら以下の手順で考えていきましょう。

映画スタート〜ルージュの伝言

キキは、木に何度もぶつかりながらも、南の街へと旅立っていきます。作中でラジオをつけるとオープ二ングのテーマの「ルージュの伝言」が流れ出す。この演出は本当に秀逸ですよね。ここでストップ!

Q独り立ちする前のキキを見て、キキが幼いなあと感じる行動はどんな行動ですか?

→父親にラジオをおねだりしたこと。

この時期のキキは、自分の欲しいものは手に入れて当然だという考えを持っているようです。ただただ与えられる存在です。ラジオ、ホウキ、そして多くの愛情を父母から与えられるばかりです。

パン屋で働き始めるキキ

ルージュの伝言〜おソノさんの空き部屋で一夜を明かすキキ

貨物列車で雨宿りをして一夜を明かすシーン。キキは牛に足をなめられてくすぐったさのあまり大笑いしますが、急に全力で息んで足を引っこ抜きます。ここでのキキの表情と声色の変わり身の早さは何度見ても滑稽です。それを真顔で見届ける疑義の表情にも注目していただきたい。

キキが町に降りて「私、魔女のキキです。こっちは黒猫のジジ。お邪魔させていただきます。」と元気に挨拶をしますが、町の人たちはそそくさと行ってしまいます。町の人からすれば、急に空から女の子が降りてきて、突然挨拶をされたので、このような態度を取るのも無理はありません。その後のキキの表情に注目。ショックを受け、悲しんでいる表情です。ここでストップ!

Qこのとき何故キキは悲しいのでしょう。

→初めて自分の欲しいものが手に入らないという経験をしたから。

キキはこの町の人に自分は受け入れてもらえる、愛されると信じて疑わなかったのでしょう。自分が望めば何でも手に入った家の中とは異なり、社会は冷たいです。ですがこれが当たり前の社会の姿。この社会の壁をキキはどう乗り越えるのでしょうか。

グーチョキパン店を営むおソノさんの空き部屋に一泊させてもらえることになったキキ。ここでストップ!

Qキキが宿を確保するきっかけとなった出来事は何だったでしょう?

→パン屋におしゃぶりを忘れた赤ん坊の元に、おしゃぶりを届けたこと。(この赤ん坊はかなり前衛的なハードロッカーのような髪型をしておりますので注目です。)

このキキの行動に感謝したおソノさんはパン屋の奥の部屋へとキキを招き入れ、コーヒーをご馳走します。そこでの話の流れからキキはおソノさんの空き部屋に泊めてもらうことになったのです。

Qこの経験からキキが学んだことはどんなことでしょう。

欲しいものを手に入れるためには、自分が何かを与えなければならないということ。

Q「欲しいものを手に入れるために、自分が何かを与えること」逆に言えば、「自分が何かを与えた代わりにその対価を貰うこと」このような行為のことを英語で何と言いますか?

→give and take.(ギブアンドテイク)

Qギブアンドテイクで行われる行為の中で最も代表的なものを漢字2字で答えて下さい。大人の誰もが社会の中で行なっている行為です。

→仕事
与えられるばかりで、自分から何も与えようとしなかった昔のキキから成長する転換点がここにあります。この後キキはおソノさんのお店で空飛ぶ宅急便の仕事を始めます。ギブアンドテイクの精神、仕事がキキにこの町での居場所を作ったのです。この後キキは、ほつれた黒猫の人形をウルスラに直してもらう時も、ニシンのパイを焼く老婦人に多額のお礼をもらった時も、その対価としての労働を怠りません。

仕事がうまくいかないキキ

おソノさんの空き部屋で一夜を明かすキキ〜ニシンのパイを届けた後ずぶ濡れで家に帰るキキ

トンボに誘われたパーティの時間が迫る中、急ピッチでニシンのパイを焼き、ずぶ濡れになりながら老婦人の孫にパイを届けます。しかし、孫は「私このパイ嫌いなのよね」と冷たく言ってドアを閉めてしまいます。その後のキキの悲しく凍りついた表情に注目。ここでストップ!

Qキキは何故悲しいのでしょう。

→自分は一生懸命仕事をして、ずぶ濡れになってまでニシンのパイを届けたのに、冷たい態度を取られたから。

ここでキキはおかしいぞと思うのです。自分を犠牲にしてまで仕事をしたのに、対価(ありがとうという言葉や嬉しそうな笑顔)がもらえない。ギブアンドテイクの論理が破綻しています。こちらは与えたのに、何故向こうから何も返ってこないのか。キキの知っている処世術では乗り越えられない壁がまたここで出てきます。しかし、これもまた人の世ではよくある場面。相手を思った行動が必ずしも感謝されるとは限りません。恋愛などが顕著な例だと思います。キキはどうやってこの壁を乗り越えていくのでしょうか。この後ジジは言葉を話せなくなってしまいます。最大のパートナーであったジジと今までのように会話をすることができなくなってしまうのです。しかしこの困難こそが、キキが成長し、先ほどの壁を乗り越える上で大切な出来事なのです。

キキが手に入れたもの

ニシンのパイを届けた後ずぶ濡れで家に帰るキキ〜エンディング

ジジの言葉がわからなくなり、さらにはホウキで空を飛ぶこともできなくなり、完全に自信を失うキキの元に友人ウルスラがやってきます。ウルスラは車中でキキにガムをくれます。家に泊めてくれます。キキを元気付けるアドバイスをくれます。ここでストップ!

Qウルスラの行動とギブアンドテイクの精神との違いは何でしょう。

→対価、見返りを求めているかいないか。

Q相手からの見返りを求めない愛のことを4字で何というでしょうか。

→無償の愛。

ウルスラの優しさ溢れる行動は、キキに対価を支払って欲しいから行っていることではありません。その後、町に帰ってきたキキは、おばあさんの家に赴いて、ケーキを貰います。このおばあさんの行動も見返りを求めない無性の愛によって行われるものです。これらの優しさに触れてキキは気づいたはずです。そうか。自分は今までたくさんの人からたくさんのものを与えてもらって今まで生きてきたんだ。自分からは何も与えてないのに。ウルスラ。おばあさん。おソノさんと主人。父。母。トンボ。そしてジジ。今度は自分が与える番だ。ギブアンドテイクを超える無償の愛を知ったキキは、飛行船に吊るされたトンボの元に急いで駆けつけます。もちろん見返りなど求めずに。

ラストシーン。魔法が使えなくなったスランプを乗り越え、トンボを救ったキキの元にジジがやってきて、「ニャー」と鳴きます。魔法の力は戻ったはずですが、ジジは言葉を話せないまま。つまり、これからもずっとジジは言葉を話すことはないのでしょう。さてジジは何故言葉が話せないのでしょう。いえ、何故言葉を話す必要がなくなったのでしょう。

Q会話ができるジジはキキにとってどのような存在だったでしょう。

→仕事のパートナー。いつもアドバイスをくれる存在。

ジジは時には人形のフリをしたりして、何度もキキをピンチから救ってきました。キキが落ち込んだ時にはいつも側で優しい言葉をかけていました。つまりキキはジジからたくさんのものを与えられていたのです。もちろんそれはキキがジジの言葉を理解でき、お互いがコミュニケーションを取れるということが必須条件でした。

Q会話ができなくなったジジはキキにとってどのような存在だったでしょう。

→側にいてくれるだけでいい存在。一生の友達。

魔法の力を取り戻し、再び空を飛べるようになったキキですが、最後のシーン、ジジはキキの肩に乗って「ニャー」と鳴くだけで、前のように言葉を話しません。言葉を話せないジジはキキに対してもうどんなサポートもできません。キキが仕事でピンチに陥っても、どんなに悲しいことがあっても言葉をかけてあげることはできません。ですが、キキにとってはそれでもいいのです。キキは、何かを与えてくれるジジだから一緒にいるのではなく、ジジのことがただ好きだから一緒にいるのです。何も与えてくれなくてもその存在が愛おしいのです。この作品はトンボとの恋愛話ではなく、ジジとの種を超えた、言葉を超えた友情を描いた作品だと私は思うのです。ラストシーンのキキとジジの姿は何度も繰り返してみて欲しいです。ここに「魔女の宅急便」の全てが集約されていますから。

さて冒頭でお伺いした質問を思い出してください。

Q人間が成長するとは、具体的に何がどのようになることでしょうか。

映画「魔女の宅急便」はキキとジジの友情を通して私たちに大切なことを教えてくれます。